第6話
「アマネは時間停止のアイテムポーチを持ってるんだよね?」
「はい。インベントリのことですね」
「なら、少し寄り道して湖畔林へ行きたい。彼処は魚が多いからね。食料の調達にはうってつけだ」
大きな湖の周りに小規模の森林が多数形成された場所で、大きく育った魚が豊富に取れるそうだ。
ただ、この湖畔林の正式名称は『狂熊の湖畔林』といい、バーサクベアという凶暴な熊が縄張りにしているのだ。
「バーサクベアは確かに凶暴だが、こちらからちょっかいを掛けなければ問題はない。ただ……」
「な、なんですか?」
「子育ての時期はウサギ一匹にも敵対する。それこそ子熊に被害が出ないのが不思議なくらいに暴れる」
妙に表情を固くしているのは、もしかしなくても今が子育ての時期と被っているからだろうか。
「多分問題はないから、釣れるだけ釣って早めに離れようとは思ってる。時間稼ぎくらいは出来るだろうし、最悪は力業でどうにかするから」
不安が残る中、先導役のモードレッドの後ろを只管ついて行く。歩調を合わせてくれているから、慣れない獣道でも何とか逸れずに背を追い掛けられる。
話に出た湖畔林は、水面を魚が跳ねる風景が美しい湖を内側に広げていた。
ここに恐ろしい熊が棲んでいると言われなければ、コテージの一つでも建てて住み着きたいと考えてしまうほど。
「取り敢えず周りに気配は無いから、今の内に釣れるだけ釣っておくよ」
「わかりました!」
残念なことに私には釣りスキルも釣り竿も手元に無いから、邪魔にならないよう後ろで応援しているしかできることが無い。
とは言えこの広い湖を見ていれば、どうしても歌の一つは歌いたくなってしまう。応援歌の代わりになればいいんだけどな……
風に揺られる木の葉の音をメトロノーム代わりに、今の光景に相応しいファンタジーな曲を選ぶ。
流石にこの穏やかな光景にデスメタルもロックも似合わないからね。
あくまでも背景、BGMとしてだ。うるさ過ぎず、環境音に負けず、程よい声量で。
久々に歌う曲だけど、声は出せてる。歌詞もしっかり覚えている。アクセントも私的には問題はない。
ただ静かに、そして丁寧に歌い上げる。アカペラに等しいけれど、頭の中では原曲が響いているから抑揚もつく。
一曲だけ歌い終えると、釣りの手を止めて私に拍手をくれるモードレッド。黄金色の髪が光で照らされてとても美しい。
「アマネ、聞きしに勝る歌声だったよ。聴き慣れない曲だが、アマネの世界の歌かい?」
「はい。この風景に合う、しんみりとした曲を選びました」
「そうかそうか。それは兎も角として、手元で撫で回している子は気にしないんだね」
「はえ?」
自然と手を動かしていたが、よく考えてみたら私は一体何を撫でているのだろう?
目線を下に下げれば、黒い毛並みのまん丸な毛玉が膝の上でゴロゴロと寝転がって腹を見せていた。
私が手を止めたからか、『続きは?』と黒くてまん丸の瞳でこちらを見つめてくる。
「モードレッドさん。もしかしなくても、この子」
「バーサクベアの子供だろうね。ここまで人懐っこいのは見たことないけど」
これが、強い親に護られている子熊か。とても野生とは思えない懐っこさだけど。
「あ、アマネ。後ろ」
「え? ワプッ!?」
モードレッドさんに言われるがまま振り返ったら、私の顔面が黒い毛玉に覆われた。獣臭は兎も角、とてもモフモフで顔が気持ちいい。
「グォォッ」
「プハッ! あ、ありがとうございます」
黒い毛玉をどうしようかと考えていた瞬間、しがみついていたであろう子熊がだら~んと脱力しながら咥えられている。
咥えているのは勿論親グマだ。もっと大きい熊が湖で魚取りをしているから、今咥えているのは母グマなのだろう。
「クゥ〜」
子熊は離してほしいのか、ゆるい鳴き声を発しながらブラブラと手足を揺らしている。
尚、兄弟であろう膝の上の子熊はあいも変わらず腹を見せながらゴロゴロと転がっている。
「取り敢えず、ちょっと早いけど昼食にしないかな? どうやら彼らもお昼のようだからね」
「そうですね。この子達と一緒にお昼にしましょう」
焚き火の準備をしているモードレッドさんに私は肯定を返す。
太陽は天辺で眩いほどに輝いていた。
「ふぅ~。お腹いっぱいだねぇ〜」
「クゥ〜!」
熊と一緒の昼食は一部野性的な光景だったが、特にトラブルもなく穏やかに終わった。
大きな魚を頭からバリバリ噛み砕く親グマの迫力は凄かったけど、それを真似して小さな魚を食べる子熊はとても愛らしくて、思わず焼き魚を一つ二つ与えてしまった。
その時の『うまァ〜!』って感じの顔が……
「さて、ここでアマネに二つの選択肢がある」
「二つ?」
「そう。一つは目的地に向かって進む。もう一つは食後の昼寝で一休みする。僕的には後者をオススメしたいね」
多分、食いっぷりのいい子熊に釣られて食べ過ぎたんだろう。私も正直お腹いっぱいですぐに動きたいとは思っていないし。
「じゃあ、子熊達と一緒にお昼寝する、でお願いしたいです」
「OK。バーサクベアがいるなら警戒は必要なさそうだね。ゆっくり休むとしようか……」
子熊もお腹いっぱいで欠伸をしている。ぬいぐるみのようにギュッと抱いてみたら、後ろから母グマさんにも抱きしめられた。
どうやら親グマの御二方も休憩時間らしい。気持ちのいい子熊を抱きまくらに、私の意識は深く沈んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます