第614話
カタカタ、カタカタとキーボードを叩く音が絶えないオフィス。プログラマーは半数近くが仮眠の為にぐったりと眠っており、残り半分も目に隈を残しながら画面の文字とにらめっこを続けている。
「主任……」
「どうしたの?」
「取り敢えず、例の荒らしサーバー以外は一段落と言っていいかもしれません」
第三回公式イベントの為にここまで準備してきていたわけだが、どうにか無事に始めることは出来そうであるらしい。
まぁ、直近の問題はイベントがどうこうと言うよりも、今までの公式イベントのPVで集まった大量の新規登録者をどうするかというものに焦点が集まっていたんだけどね。
「じゃぁ、イベント担当の人も少しずつ新規登録者担当の方に回してって。あ、勿論無理はしないでよ?」
「それは主任が一番ブーメランしてますよ。最近は彼方此方で突っついてくる奴らがいますからね……」
ここ最近、別地区を管轄としている部署からちょくちょくこちらをバカにしたような言葉が混じっているように感じている。
私一人だけならあくまでも気の所為の一言で片付けられるだろうが、他の社員も薄々そういった違和感を感じ取っている以上、恐らく気の所為ではないのだろう。
まぁ、その理由がなんなのかはよくわかる。今のところ第二陣を受け入れられていないのはウチの部署だけで、他の部署は第二陣どころか第三陣の受付を始めている段階になっているのだ。
そこまで開きがあるとなると、同じ会社の社員だとしても侮蔑の感情が浮かんでしまうのは無理もない話だと思う。
「で? 他に懸念があるものは?」
「今のところは無いですね……そっちはどう?」
「こっちも無いっすね〜……」
他の社員に懸念点を聞き取るが、それに関しても今のところは何もないようだ。
これなら、第三回公式イベントも恙無く終わらせることが出来るんじゃないだろうか。あ、荒らしサーバーは勿論例外だけどね?
「イベントに関しては懸念点は無いッスけど、例の謎NPCが気になるところではあるんすよね」
「あぁ、アレね……」
スタンピードイベントで何故か現れ、襲撃してきたモンスター全てを沈静化させて帰らせてしまったあのNPC。
それの正体は未だに掴めないでいる。一応、フランガ王国のNPCは確認し切ってるし、時点でマルテニカ連邦のNPCも半分くらいはチェックしてるんだけどね……
「ここまで来ると、いっそ公認として大々的に宣伝する方が悪くなかったりして!」
「いるかどうかも定かじゃないNPCを看板にするのはリスクが高過ぎるわよ……」
「そもそも、イレギュラーなのはそのNPCですからね? そこ、わかってます?」
軽いジョークを堂々と言って、あっという間に叩かれるプログラマーを兼任している社員。
まぁ、彼のお陰で濁り切った空気を何度換気してもらったか数え切れない程なので、これもその一環なのだろう。
「クランの数も問題無いかしら?」
「そっすね。基本的には大規模クランに対抗して小規模クランが連合を組むって流れになってるっぽいすから」
「乱立しているクランの一部はソロプレイしてる人達がイベント用として一時的に作ってるみたいなところもありますからね」
今回のイベントはクラン対抗戦。クラン加入かクランの創設が必要となっているので、ここ数日で新しいクランが一気に増加している。
ただ、その多くはソロプレイしてるプレイヤーが知り合いと共に作ったクランであったり、パーティレベルで仲のいいプレイヤーが集まって作ったクランだったりと、あくまでも臨時的なものばかり。
恐らくイベントが終わればこの乱立したクランの大半はリストからいなくなることだろう。
「ちなみに優勝候補が何処か賭けてるんすけど、主任は何処が勝つと思います?」
「……現金を賭けたりするんじゃないわよね?」
「そりゃ勿論。精々どっかの飯屋で一食分奢ってもらうくらいのもんですって」
それくらいなら見逃してもいいか。こういうプレイヤーを賭け事に使う話題は、露見したら炎上待ったなしのヤバい話なのでかなり気を遣わないといけない。
「で、ウチの部署ででしょ? なら、やっぱり翼の騎士団か花鳥風月の何方かよね……」
翼の騎士団と花鳥風月。ウチのサーバー内で互いに一二を争う大規模クランで、何方も今回の優勝候補なのだ。
翼の騎士団は近接系プレイヤーが多めの前衛型クランであり、特に騎士系の職業になっているプレイヤーが多い。
騎士系の職業は攻撃と防御に優れた職業で、防衛戦だけでなく野戦に於いても強いという近接職の中でもバランスの良い職業となっている。
特に防御系のスキルを取得しやすいということもあり、密集陣形はほぼ突破不可能。ただ、それもあくまで私達の評価での話だ。
というのも、対抗馬である花鳥風月は魔法使いが多いクラン。勿論近接系プレイヤーも所属しているが、クランのリーダーが魔法を乱射するトリガーハッピーということもあり、主戦力は魔法使いであると言える。
防御力と敏捷性に難がある魔法使い系の職業ではあるが、その分火力に関しては申し分無し。様々な属性を扱うことも出来る為、一種類の耐性のみでは防ぎ切れないことも容易に想像できる。
「後はサムライブレイダーズも期待出来るわよね」
「彼処は絶対映えますからね~。今回のPVの切り抜き先候補にもなってますもん!」
サムライブレイダーズは名前通りのサムライ、つまりは武士に憧れた剣士や戦士が集うクランだ。
まだスメラミコトが開放されていないから、現状で侍や武士系の職業になっている人はいない。
だけどプレイヤーメイドの刀剣や槍は供給されているし、和弓使いのプレイヤーも増えてきているから、クランの総人数的にも戦力的にも一端の武士団と言っていいくらいには成長している。
「最近は騎馬隊も充実してきてるのよね?」
「そっすね。流石に本家本元みたいな軍馬じゃないっすけど、それでも大分頭数揃えてきてるみたいっす」
翼の騎士団も騎兵隊を揃えつつあるし、騎馬対騎馬の戦いも期待できる。PVの切り抜き先が多くて助かることこの上ないわね。
「筋肉同盟と新世界プロレスは……」
「彼処は何とも言えないわねぇ……」
筋肉同盟は戦士系の職業で構成された完全脳筋のマッスルクランだ。武器も重量級の両手武器しか使っていない。
偶に格闘系の筋肉もいるが、物理攻撃特化なのでゴーストのような霊体のモンスターだったり、スライム系の物理攻撃に強いモンスターだったりに苦戦している姿をよく確認している。
物理火力に関しては翼の騎士団にも劣らないのだが、如何せん己の肉体美を披露したい筋肉が多いので、防御力に関しては実はそこまで高くない。
ハッキリ言ってタフネスに関しては新世界プロレスの方が高いくらいだ。あっちも似たようなプレイヤーが多いけど、筋肉同盟と違って格闘戦特化だし。
「情報組も何とも言えないっすよね……」
「人は多いんだけどね。やっぱり検証を第一にしている分、戦力面で強いとは言えないのよね」
情報組は所属人数最大のクランで、下部クランも幾つもあるかなりの大手。だが、完全な攻略組というよりは攻略もする検証チームと言った方が正しい。
クランのメンバーの多くは職業やスキルの効果だったり、素材とその生産物の性能の調査だったり、モンスターやエリアの攻略情報を集めて、それを商売としている。
なので、数の暴力という意味では強いのだが個々の戦力という意味では攻略組の大手クランに少々劣るといったところだろう。
「後は言っちゃアレだけど厳しいわよね。働く漢達も生産職のクランだから強いとは言えないし……」
「小規模クランの連合って言っても、急造っすから連携なんて期待出来ませんもんね」
まぁ、ピックアップするとしたらそこら辺の大手クランだけでしょうね。
他の部署だとウチより大分進んでるらしいけど、クランの強さはウチも負けてないってとこ、見せつけてあげるわ!
「というか、小規模クランの連合ってどれくらいになるのかしら?」
「まぁ、軽く見積もって五十チーム以上ですからね。リストにある人数少なめのクランは大体連合組んでるんじゃないですか?」
「なら、そっちは程々にマークするくらいでいいわよ。優勝候補が混じってたら、あまりにも大穴過ぎて賭けにならないわ」
「うっす。じゃ、取り敢えず適当に小規模クランの名前だけピックして、リストにまとめときますわ」
――――そうしてまとめられたリストには、ゾディアックというクランの名前も記されていた。
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