第665話

 モルガン達は伝えたいことを伝えられたということで、真面目な話を織り交ぜながらのんびりと雑談に興じていた。


 その間に、私はシルキーやブラウニーという家に住み着く妖精達と一緒に、妖精や精霊以外のお客様達と仲良く戯れていた。


「この子達は、この近くの妖精を守ってくれるいい子達なんです!」


「だから、皆とってもいい子なんだね」


 私の前でコロコロと転げ回りはしゃいでいるのは、アルファウルフという狼の子供達。保護者同伴で集まってきていて、自分の子を預けた親は少し離れた場所でゆっくりと横になりながら他の親達と顔を合わせている。


 アルファウルフというのは灰色の大きなオオカミなのだが、なんと群れの個体全てがボスになることが出来るという特殊な性質を有している。


 一応、一番力の強い個体が群れのボスとなるのだが、ある程度数が増えたり逆に減ったりすると、今度は他所の群れに勝負を挑んで吸収合併を行う。


 その勝負をするのは群れのボスと決まっていて、負けた方が勝った方の群れに組み込まれる。それで喧嘩とかは起こさないらしく、特に子供がいるとすぐに仲間として馴染めるそうだ。


「アルファウルフは群れで竜すら追い返す事ができるのです! でも、数が少ないと外敵を追い返せなくなるから、群れに組み込んだ子との喧嘩はしないんですよ!」


「そっか。そう言えば、ここには竜が来ることもあるんだもんね」


 龍脈が乱れていた時は、多くても四十か五十匹程度のアルファウルフの群れが、何と百を超える巨大な群れになっていたらしい。


 一番大きい群れで三百は軽く超えていたそうで、数えている途中で更に群れの個体が増えたりして、正確な数もわからなかったそうだ。


「あとあと! この子達もお友達なんです!」


 そう言ってシルキーが抱っこして連れてきたのは、とっても丸々とした緑色の子熊達。クリッとした丸い目がとても可愛らしい。


「この子の種族はガーディアンベアと言って、妖精が作る糖蜜が好きな子なんです!」


「美味しいものをあげると、とっても喜んでくれるの〜!」


 アルファウルフ同様に、子供を預けてのんびりとしている巨大なヒグマは、ガーディアンベアという妖精を守るモンスターだ。


 子供を守る時のガーディアンベアは非常に強く、その剛腕は竜の鱗さえも容易に破壊できる膂力を宿している。また、噛む力もかなり強くて、竜の下顎に噛みついて引き千切った個体も過去にはいたとか。


 基本的に甘いものが好きなので、蜂蜜だけでなく砂糖やそれを使ったお菓子でも喜んでくれる。甘いもの好きな妖精達だからこそ、ガーディアンベアは守護者として過ごしているのだ。


「こっちの鹿は?」


「エメラルディアーは森の管理人なのです!」


「増え過ぎた草や若木を食べて、程良いバランスに整えてくれるんですよ!」


 私が撫でている懐っこい子鹿は、エメラルディアーという緑色のシカ。親達は翠玉のような綺麗な角を生やしていて、今ものんびりと草を食みながら日向ぼっこに興じている。


 エメラルディアーは森の管理人と呼ばれている益獣であり、現実では害獣となるシカとは正反対の性質をしている。


 というのも、エメラルディアーは美味しい草花を食べるために自らそれを育てるような部分があり、増え過ぎた雑草や雑木の若木を食べて間引きを行うのだ。


 植物だと大抵どんな種類でも管理が出来るらしく、シルキーがお裾分けの為に育てている野菜畑も、一部はエメラルディアーの為に開放されていたりする。


「エメラルディアーがいると、お野菜がよく育つんですよ!」


「お花も元気になって、キレイな花を沢山咲かせてくれるんです〜!」


「え、普通にウチに来て欲しいんだけど? ウチの近くに森もあるし家に花壇あるから、偶に管理しに来ない?」


 際限無く拡張が進む森を止める一助になるかも……いや、エメラルディアー自体の戦闘能力はそこまで高くないらしい。


 植物を操る魔法を使うが、蔓草で足を縛ったり草木の気配に紛れ込んだりするのが精々なんだとか。


 それを鑑みると、魔大陸産の植物も生えている森の管理は少々厳しく思える。いや、頼めばバランス調整はしてくれるんだけどね? 自然に増えちゃうのはどうしようもないんだ……


「この子達はアオバアゲハです〜!」


「皆の気配を隠してくれるいい子なんですよ!」


 あ、今度はシルキー達が枕サイズの大きなチョウチョを腕に乗せて連れてきた。


 このアオバアゲハは木々の青葉に擬態するチョウチョのモンスターで、翡翠のような緑色の羽には周りの生き物の気配を薄める力があるそうだ。


 力の弱い妖精達はアオバアゲハの群れに隠れる事が多く、それで外敵に襲われないように身を守っているらしい。


 このアオバアゲハは甘い蜜が大好物だが、幼虫は花や野菜の葉が好物なので、妖精達は幼虫のお世話も積極的に行っている。


「そう言えば、ちょっと気になってた事があるんだけど、聞いてみてもいい?」


「はい! 私達の庭のことなら、何でもお聞きくださいませ!」


 喜色満面の笑みを浮かべて、何でも聞いて欲しそうにしているシルキー達を見ていると、私の口角も自然と上がってしまいそう。


 っと、それは流石にアレなので、すぐに顔をムニムニと揉みほぐした後、気になっていたものに対してシルキー達に聞いてみる。


「あのさ。向こうにあるあの洞窟って皆の避難場所とかなの?」


 先程から気になっていたのはそれだ。花咲き乱れる庭園には不釣り合いな青黒い岩の目立つ大きな洞窟が、端っこの方とはいえ鎮座しているのに違和感を覚えてしまう。


 そう思って聞いてみたのだが、何故かキョトンとした表情のシルキー達。互いに顔を見合わせて、首を傾げている子もいる。


「えっと、アマネ様? 洞窟って一体何の事でしょうか……?」


「え、いや、そこにある――――」


 そこにある洞窟、と指差そうとして気付く。これは、過去にも何度か経験したことのあるパターンだ。


 指輪を使ってオデュッセウスを呼ぼうかと考えたが、いきなり妖精達が遊んでいるこの庭園に知らない人間を呼び出したら驚くだけでは済まないかもしれない。


 そう思って、歓談中のモルガンにそっと目配せをして、軽く手招きをしてこちらへ来るようにアピールする。


「……? アマネ、どうしたんだ」


「モルガン様、そこです。見えないようならば、モルガン様の指輪を御使いください」


 そっと指差した先を見つめるモルガン。疑問詞が浮かんでいた表情は一転して真剣なものに変わり、いつの間にか握られていた長杖が指差した場所に光線を放っていた。


 その光が洞窟の入り口の前に突き進むと、何かに当たったのか派手な光と共に弾け、ガラスが砕け散るような音が庭園に響き渡る。


「……私の庭に、こんなものがあったのか」


「ふぇ……ホントに洞窟が出てきました!?」


 呆然とするモルガンに、驚いて騒がしくなるシルキー達と、妖精達がわちゃわちゃと大混乱。


 まぁ、急に何もなかったところから洞窟が出てきたりしたら、大混乱になってしまっても仕方無いよね。


「恐らく、主神の手により隠された何かかと思われます。これと似た封印を、ノルドでも見たことがありました」


「……となると、この先には主神共にとって不都合な何かがあるということか」


 ノルドではロキが隠されていて、マギストスの南東辺りで見つけた蚩尤達も、主神が掛けた封印の洞窟の中に閉じ込められていた。


 また、テュポーンが封じられている火山島もここからそう遠くはない。恐らく、ここもゼウス達が訪れたことのあるテリトリーの一つなのだろう。


「地下に封じられているものが何かはわかりませんが、入らないという選択肢はありませんね」


「なら、今回は私が共に行こう。どうせ城にいてもどうにか暇潰しの時間を作るしかやることがないからな」


「わ、私達もお供します! お役に立てるかわかりませんが、これでも他の子達と仲良くなるのは得意なので!」


 どうやら、今回はモルガンと妖精達が一緒に洞窟探索を手伝ってくれることになりそうだ。





…………取り敢えず、一回指輪使っとくかなぁ。

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