第570話

 ユーリが恐竜に興奮して騒いでいたけれど、ディナス高地も何事もなく抜けて、私達は西の方へ向かってゆっくりと森の中を進んでいた。


「この森には魔女の家があるって話を聞いたことがあるな。実際に見たやつはいないけどさ」


「魔女の家!? 何それ超見たい!」


 ロビン曰く、この樹海を構成する森の中には、森の中に住む魔女の家があるんだという噂がマルテニカでは広く伝わっているらしい。


 森の中に魔女の家とは、実にファンタジーらしくていいと思う。ただ問題があるとすれば、今更魔女の家くらいで驚いたりはしないだろうなぁ……って感じがしなくもない。


「アマネの反応が薄いんだが、まさか魔女に会ってたりしねぇ……よな?」


「いや、結構会ってる。ついこの間に二人くらい」


「めっちゃ会ってる!?」


 アルビオンの城主であるモルガンも魔女だし、キルケーも魔女だ。案外、魔女と出会ってるもんだね。


「というか、アマネの出会いはこの世界でもあり得ないレベルだからね。正直に言うと、異界人も含めて一番出会いに恵まれているのはアマネだと思う」


「そうだな。人と人との縁を結ぶのが上手いのか、それともアマネ自身にそういう縁を引き寄せる力があるのか。詳細はわからんが、アマネはそういう存在なのだと理解していればいい」


「……なんだろう。ウチの姉が人外認定されかけてるような気がする」


「いや、私は普通の人間族だからね?」


 ステータスとか確認しても依然として種族は人間のままだし、変な変化とかはないと思う。


 あ、でも一つだけ変わった点があるかも……


「言うのスッカリ忘れてたんですけど、いつの間にか称号に『神々の祝福』っていうのがありまして……」


「何その明らかにヤバそうなの!? お姉、色々とおかしいよ!?」


「アマネだけなんかおかしくない? それ、普通はラスボス一歩手前とかその域にならないと手に入らないような称号じゃないの?」


 どうやら、神々と出会いまくった上で祝福とかいっぱい掛けられたからか、全部まとめて『神々の祝福』に統合されたらしい。


 一応、祝福をしてくれた神様の名前とその効果も確認することが出来るのだが、多過ぎるのと無効に出来ているものが大半なのとで、ぶっちゃけチェックしなくてもいいというのが正直なところだ。


「アマネ……後で整理したいから確認してもらえると嬉しいな」


「えぇ……? コレ、軽く見積もっても百人分くらいはあるんですけど……」


「待って? お姉、神様に出会い過ぎじゃない?」


 ユーリにツッコまれたけど仕方ないじゃん。行く先々で大きな問題とか、ちょっとした出会いとかがあるんだからさ。


「それを言ったら、ウチにいるロボの種族が何なのか知ってるの?」


「え、ロボはロボじゃないの?」


「ロボはフェンリルだよ。あ、ジェヴォーダンも人工だけど一応フェンリルなんだよね」


 フェンリルという超が付くほど有名な名前に、ユーリ達はポカンとした顔を晒している。


 まぁ、今のところロボはブランカと一緒にのんびりしているだけだからね。いや、偶にアトラの迎撃で大暴れしているか。


「フェンリルって、北欧神話のオオカミ……だよな?」


「そうですね〜。北欧神話では神喰らいの狼がフェンリルだと言われてますよ〜」


「……ロボが神喰らいの狼? いや、可能性は充分あり得るのか」


「あぁ、そうだな。確か、ロボはラグナロクを生き延びたオオカミだからな」


 フェンリルであるロボもラグナロクの際には大暴れしていたようだが、もしかしたらその際に神喰いを成し遂げているかもしれない。


 少なくとも天使は確実に仕留めている。ゼウス側の尖兵が天使なのだから、それはほぼ確実と言っても過言ではない。


「まぁ、名のある神様を食べてても関係無いんじゃないかな……」


 ぶっちゃけ、ロボはモフる対象になってるからね。リビングモーフやロボみたいな大きな子達は、そのモフモフ具合から幼獣達のベッドとして人気も高いし。


 そんなことより、ユーリ達と色々話していたらいつの間にかここのモンスターが出迎えに来てくれていたみたいだ。


「こんにちは。とても長生きしてるみたいですね」


 私が挨拶をすると、わさわさと枝を動かして挨拶をし返してくれる大きな木。この子はエルダートレントという、老木となったトレントだ。


 長生きしてる分、体とか枝葉とかも大きくなっていて、硬くなった幹の表面は魔法攻撃にも大分強くなっている。


「うわわ!? ここの木、殆どエルダートレントじゃん!? またクランホームの森が大きくなるよ!?」


「そう言えば、あの森の一部はトレントやエントが根付いて広がっているんだったな……」


 地味にクランホームの森、拡張されてるんだよね。仲良くなったトレントやエントのような植物系の子達が根付くからか、徐々に山側や川沿いに向かって拡大している。


 そのうち第二の街まで森に飲み込まれるんじゃないか危惧しているけど、まぁ多分大丈夫だろう。


「お、デュアルセンチピードか! コイツら、戦い難くて厄介なんだよなぁ!」


「ゴリアテの馬鹿力ならまとめて斬れるのでないか? いや、斬っても残りの頭で動けるのか」


 ゴリアテが反応した子達はデュアルセンチピードという、双頭のムカデのモンスターだ。


 体の前後に頭があって、敵に襲われても前後で隙がないので、非常に倒し難いモンスターだと知られている。


 尚、この頭は両方潰せば倒す事ができるが、片方だけだと普通にピンピンした状態で襲い掛かってくる。また、半ばから斬ると二つに別れて二対一の構図にされるので、基本的には魔法で倒すのが推奨されている。


「パニックパピヨンとウィンドモスのセットか。二匹同時に戦いたくはないな」


「あー……もしかして、風で混乱する粉とか飛ばしてくる感じ?」


 パニックパピヨンは色鮮やかな極彩色のチョウチョで、鱗粉には強い幻覚作用がある。


 この鱗粉を羽を動かすことで撒き散らし、吸い込んだ相手の視界を幻覚で狂わせて大混乱にさせるのが、パニックパピヨンの戦い方だ。


 そのパニックパピヨンと相性が良いのが、もう一方のウィンドモス。黄緑くらいの緑色をしていて、大きな羽が特徴的な巨大ガである。


 ウィンドモスは攻撃方法として羽ばたいて放つ強風と、鱗粉を乗せた目潰しの二つがある。パニックパピヨンと相性がいいのは、その強風でパニックパピヨンの鱗粉を遠く広く撒き散らす事ができるからだ。


「二匹セットでパーティが大混乱、かぁ……すっごく厄介そうだなぁ」


「何方もアマネには効かないけどね」


「アマネの耐性固過ぎないか? それもう盾役のアタシより盾役出来るんじゃねぇの?」


「いや、物理攻撃に対しては紙同然だから……」


 現状、私によく効く攻撃は何の小細工もない物理攻撃なのだ。それ以外ならほぼ完全に無効化出来るんだけどね。


 ただまぁ、魔法とかそういったものに対する防御と言ったら、私はエルメよりも頑丈だと思う。


「あー……随分と騒がしい客人達、ちょいと話をしても良いかね?」


「あ、どうぞどうぞ。すみませんね、騒がしくしてしまって……」


「いや、別に大した問題は起こしてないからいいよ。ただ、こんな森の奥に一体何の用かと思ってねぇ……」


……なんかしれっとお話ししてしまったけど、石臼に乗ったお婆さんがこちらを見て困惑している。いや、なんで石臼に乗ってるの?


「ほぅ、バーバ・ヤーガか。これはまた随分と珍しい者に出会ったものだ」


「成る程。確かにバーバ・ヤーガは魔女だったね」


「……真祖級の吸血鬼や古代の英雄より珍しくはないと思うがねぇ」


 どうやら、バーバ・ヤーガと言うこのお婆さんが森の魔女らしい。よく見ると、石臼も魔法の力で動いているのかふよふよと浮かんでいる。


 バーバ・ヤーガはかなり痩せた老婆の姿をした魔女で、移動するときは細長い石臼に乗って杵で急かしながら移動するそうだ。


 基本的には急かすための杵と、移動した跡を消す為の箒を持っている。石臼を浮かべるのは中々大変なのか、必ずと言っていい程石臼の底によって地面に跡が残ってしまうかららしい。


「私は出来ればアンタらとは敵対したくない。本来ならこんな場所に来る命知らずは直々に処したりもするが、アンタら相手にそんなことをしたら返り討ちに遭うのが目に見えてわかるからね」


「今回は西の港町まで行くためにここを通らせてもらっています。その、運んでいる荷物を狙う賊が隠れ潜んでいるので……」


 私がバーバ・ヤーガに何故森の中に入っているのかを伝えると、驚いた顔をした後に成る程と頷いて納得してくれた。


「どうやら、私の取り越し苦労だったみたいだね。無駄に警戒しちまって悪かったよ」


「いえ、全然大丈夫ですよ!」


「詫びと言っちゃなんだが、向こうの方に森の隠者が暮らす家がある。悪い人ではないし、きっとアンタにとってもいい縁になると思うよ」


 そう言ってバーバ・ヤーガは森の奥を指差した後、最初から何も居なかったかのように消え去ってしまった。

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