第803話

 ここまでの手順にミスは無かった。ユーリは自他共に認める速攻型の超スピードアタッカーで、道を切り開けば近距離戦に持ち込めると、モードレッドやヒビキもそう理解していた。


 ただ、想定外だったのは杖の耐久性。ユーリの使う脇差も悪い得物ではないが、モードレッドが使うクラレントのような魔剣や名剣の類ではなく、あくまでも質のいい品程度。


 速攻型の使う脇差ということもあり、斬ることに特化していた刃はそれで斬れるものには強いが、頑丈で斬れないものにはとことん弱い。


 その結果が、今回の脇差の破損。鳥籠付きの杖は材質こそ不明ではあるが、玉鋼の刀を壊してしまう程の耐久を有していた。


 そして、宙に飛んでいたユーリに杖が薙がれ、直撃を受けた体が大きく吹き飛ぶ。


 咄嗟にもう一本の刀を抜いて盾にしたことで致命傷は避けたが、それでも甚大なダメージを受けて刀も折れてしまっている。



「――――ユーリ!!!」


「まだ、動けるッ!!!」



 防御力の低いユーリだが、勿論攻撃を受けた時の保険として一撃死を避けるアクセサリーやアイテムは所持している。


 それでも女王から受けたダメージによりかなりの重傷を負い、アイテムもアクセサリーの効果も切れているので二回目は無い。


 予備の剣をインベントリから取りだして抜き、トドメを狙う兵隊達をカウンター気味に斬り裂く。


 あくまでも予備の剣であり、折れて砕け散った脇差と比べれば質の劣る得物だ。技を用いて斬るだけならどうにか使えはするが、迂闊に受け流しを多用すれば刃を削られて、あっという間になまくらに変えられてしまうだろう。


 パリン、と瓶の割れる音と共に兵隊の一人が大きく吹き飛び退場する。下手人はモードレッドであり、緊急用の解毒薬を飲み干した上で空き瓶を武器として投げつけていた。


 しかし、解毒薬を飲んだとはいえそれですぐに毒が治るわけではなく、あくまでも体を蝕む毒の勢いを弱めただけ。


 特に今はモードレッド自身が黒い霧の中にいる為、解毒薬の効果も気休め程度にしかなっていない。


 それでも、彼の振るう剣は鋭く冴え渡り、迫る兵隊達を次々と斬殺して前へと足を踏み出す。



『キャハッ!!! キャハハハハハハハッ!!!』



 悪夢の女王の嗤い声が挑発のように響く。頑丈な杖は傷一つ無く、ただ無駄に自分の得物を壊すだけに終わってしまったのが非常に腹立たしい。


 だが、モードレッドの持つクラレントであれば、恐らくあの杖を壊すことも出来るだろう。


 何せ、騎士王アーサーの有する名剣の一つで、何十と兵隊達を斬り裂いて尚その刃が鈍る様子を見せていないのだ。これならば、脇差とは違った結果をもたらしてくれるのも期待ができる。



「ユーリ!!! 今度は貴方が道を切り開きなさい!!!」


「――――勿論だってのッ!!!」



 ヒビキは短刀を振るい、兵隊の喉を掻き斬り心臓を突き刺して倒している。


 その傍らで、闇を操作してうまく道を作ってみせたヒビキ。ただ、それも少しずつ時間が掛かるようになってきているから、多分その内闇を動かすこともままならなくなるだろう。


 徐々にチャンスもチャンスを作る時間も失いつつある私達。だが、止まれば逆にそれらを無に捨てるような真似になる。


 だから、モードレッドも止まること無く前に進んでいるし、私もヒビキもその道を切り開く為に前へと進み始めている。



「――――退けッ!!!」



 喧しく嗤う兵隊を斬り捨てて、私の体が前へと進む。ヒビキも後方支援が難しくなったから、私の隣で兵隊の頭に短刀を突き刺して仕留めていた。


 私達の役目はモードレッドの逆。雑兵を全て斬り裂いて、モードレッドが踏み込めるだけの隙と道を作ること。


 重くなる盾を投げつけていたモードレッドは、剣一つで邪魔なものを全て切り裂き、その上で鬼気迫るオーラを纏いながら女王へ迫る。


 今や最強の騎士にも並ぶのではないか。そう言われた騎士の剣技はこの状況で更に冴え渡り続けていて、斬られた兵隊すら自らが死んでいると気付くことに数秒の時間を要するようになっていた。


 首を落とし、胴を両断し、頭を縦に割りながら、生える茨を斬り裂いて、徐々に悪夢の女王との距離を縮めていく。


 尤も、そんな様子を見て尚、悪夢の女王の嘲笑が収まることはない。他者を完全に見下している彼女からしたら、私達の抵抗など無意味なものだと思っているのだろう。


 まるでアリか何かを潰そうとするかのように、ヒールを履いた足を模した黒い脚部が、天井からゴポゴポと湧き出して私達を『アリ』にしようと降ってくる。


 グシャリ、と兵隊や茨が踏み潰されても、その脚部の雨は収まることはない。



「――――ヒビキ!!! 足場ッ!!!」



 上から降り注ぐ脚部を掻い潜り、私の体は再び跳躍する。


 ヒビキに言ったのはそれだけだ。ただ、すぐに理解したヒビキは、それに応えるように力を込めて黒い足場を幾つも作り出す。


 その幾つかは脚部に踏まれて割られているが、女王の気を引く道としてなら充分。すぐに足場を蹴り出して、再び女王に向かって縦横無尽に飛び跳ね迫る。


 女王は盾を飛ばさなかった。私の機動力を知り、それがタダの足場にしかならないと気付いたからだろう。


 代わりに飛んでくるのは、鋭く尖った短槍の数々。無駄に凝った装飾を施しているそれらが、私の体を串刺しにしようと何本も飛んでくる。


 ただ、私を殺そうとしている時点で私の役目は充分に果たせている。今回の私は、モードレッドを通す為の囮なのだから。


 紙一重で飛び交う槍を躱し、時にはその槍を踏み台にして女王の視線を集める。


 苛立ちを感じているのか、飛び交う短槍の中に短剣や長剣も混じり始めた。尤も、刃に触れなければこれらも踏み台として丁度いい代物なんだけどね。


 右、左、下、右、上……飛んでくる武器を足場にする順番を一つ一つ数秒で確認し、一歩一歩確実に踏み抜いて距離を詰めていく。


 予備の剣は抜き身の状態。先程の脇差より劣っている品だとはわかっているだろうが、無防備で攻撃を受けるつもりなど向こうには存在しないだろう。


 着実に距離を詰め、その右手に持った杖を目指して突き進み――――




「――――――今ッ!!!!!」




 女王のいる方向から真反対へ、私の体が急速に離れていく。


 その行動に思わず動揺して動きが鈍る悪夢の女王。まさか自分から距離をとって離れていくとは、全く思ってもいなかったのだろう。


 だが、その行動によって女王の動きに致命的な隙が生まれた。これならば、あの杖にも確実に刃が届き得る。


 後ろへ離れていく私の体に対し、前へと進む黒い鎧姿の騎士。私以上に激しく跳んで、杖に向かって一目散に突き進むその姿を見て、確実に刃が杖に届くだろうという確証を抱く。


 金の髪を揺らし、クラレントを振り被って勢いのままに振り抜く。杖は、その刃を――――







『キャハハハハハハハッ!!!!!』







――――受けること無く、空を斬る。



 女王の右手に杖は無く、代わりに左手に杖が握られていた。あの一瞬で、持っている手を入れ替えたのだ。


 一閃を外し、隙だらけになった騎士の体を杖の縦振りが打ち抜いた。咄嗟に防御こそしていたが、大きな杖の一撃に耐え切れるものではなく、大きく後方へと吹き飛ばされる。


――――だが、そこに騎士の姿は存在しない。


 地面を転がりながら離れていく騎士はおらず、代わりにヒビキが『その身に纏っていた幻影』を解き放って、瀕死の状態になりながらもどうにかよろめきながら立ち上がっていた。



『――――エッ!?』



 ここで、漸く嘲笑を続けていた悪夢の女王が驚愕の声を漏らす。


 女王が警戒していた騎士はおらず、代わりに自身が捕らえた歌姫によく似た娘が吹き飛び転がっている。


 そうなると、警戒していた騎士は何処に行った?








「――――漸く隙を見せたな、魔女」










 杖の縦振りは、鳥籠を地面にぶつかりそうな程に下げていて、しかもそのまま杖は持ち上げられていない。


 そう、悪夢の女王はワザワザ斬りやすいように、自ら杖を下に下げてしまっていたのだ。


 となれば、もはや難しいことは何もない。完全に虚を突いたこの状況で、悪手を打つような騎士はいない。


 モードレッドは、全身全霊の力を込めてクラレントを一閃し――――――


 













「――――――――彼女をッ!!! 返してもらうッ!!!」





















――――鳥籠は大きく斬り裂かれ、歌姫は騎士の手により籠の中から救い出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る