第579話

 ということで、夕食に推定『嫉妬の悪魔』のレヴィアタンことレヴィアが加わる事になりました。


「……ん。いい焼き加減ね。焼いた肉なんて食べたのいつ以来だったかしら」


 丁度いい焼き加減の串焼きを手に取って、美味しそうに頬張るレヴィア。ちょっと悲しいことを言っていたような気もするが、多分気の所為だろう。


 モードレッド達は一瞬見知らぬ女性が加わった事に一度だけ視線を向けていたけれど、特に問題がないと判断したのかすぐに調理に戻った。


「モロコシ焼けたけど食うか?」


「いただくわ。さっきからいい匂いがして色々とキツかったのよ」


 エルメが焼き立てのトウモロコシを渡すと、熱々のそれにかぶりつくレヴィア。ほふほふと熱そうにしているが、その満足そうな表情を見ればなんだか心がホッコリするような気がする。


 というか、レヴィア用の串焼きが山積みになってない? 確かによく食べそうな気はするけど、フードファイターもビックリの量が積んであるよ?


「……コレ、全部いただいていいのかしら?」


「えぇ、大丈夫ですよ〜。おかわりもまだまだ焼いていますから〜」


 恋華の言葉に、レヴィアは遠慮無く串焼きを手に取って次々と食べ始める。


 肉も野菜も魚も好き嫌いなくモグモグと食べる姿を見ていると、こちらもお腹が減ってくるなぁ……


「ん。アマネも食べて良い」


「あ、いいの?」


「下拵えはアマネがやってくれたからな。先に食べていて構わないぞ」


 ということで、私も許可を貰えたので先に食べ始めることにする。


 よく焼けた肉の串焼きを手に取って、カリカリに焼けた肉の表面に思いっきり歯を突き立てる。カリッとした歯応えの後には、濃厚な肉の旨味たっぷりの肉汁が口の中に入ってきた。


 野趣感溢れる串焼きの出来はとても良い。なんかこう、肉を食べている感じがして満足感が凄いのだ。


「こちらの野菜もいいわね。甘みがあって美味しいわ」


「ん〜! 玉ねぎが凄く美味しい! カボチャもすっごく甘い!」


 野菜の串もしっかり熱が通っているからか、野菜が甘みたっぷりで舌を満足させてくれる。肉と交互に食べるといい感じだ。


 モードレッドとロビンが釣った魚もいい焼き加減で、ホクホクとした身は淡白ながらも旨味たっぷりで食が進む。


 私は、レヴィアに負けない勢いで次々と焼かれていく串焼きを美味しくいただいていった……













 ふぅ……何だかんだ十本くらいは食べ尽くしてしまった。レヴィアはまだ食べているけど、私も人のことをそんなに言えないかもしれない。


 オデュッセウス達も串焼きを齧りつつ、新しい串に肉を刺して次々と焼き立てを作り続けていた。ホントによく食べるよね、皆。


「だぁぁぁぁっ!!! また糸を切られたっ!!!」


「諦めたらそこで試合終了だって、偉い先生も言ってたよ!!!」


 ユーリの応援を受けて未だに大物釣りをやめないゴリアテは放置しておくとして、そろそろレヴィアと色々お話してみようかな。


「ねぇ、レヴィアはこの湖に住んでるの?」


「えぇ、そうよ。私は『獣戻り』の竜だからね」


 レヴィアの言う獣戻りの意味がわからなくてキョトンとしてしまったが、レヴィアは自嘲気味の笑みを浮かべながら自身の過去について話し始めた。


 何でも、レヴィアは極稀に生まれるヘビ型の竜族だったらしい。主に水属性の竜族に多いそうで、四肢も翼もないレヴィアは『獣戻り』という蔑称で蔑まれていた。


 閉鎖的な水竜の里で生まれたレヴィアは周りの陰口や悪口を幼い頃から聞かされ続け、いつしか他の竜のような西洋竜としての竜の姿を求めるようになる。


「馬鹿な話よね。既に竜として成長の余地なんて残されていないのに、出来もしない幻想に囚われて無駄な努力を重ねるなんて」


 レヴィアが血の滲む努力の果てに得たものは、同族である竜達からの忌避の視線と、それに伴った里の追放という冷酷な処分だった。


 竜達はレヴィアの強さを認めていた。認めていたからこそ、レヴィアがその力を復讐に使うのではないかと、竜達は恐れてしまったのだ。


 排斥されたレヴィアは一人彷徨い、飛べない体を自ら傷付けながら、この湖に居を構えた。実際のところ、水がある場所なら何処でも良かったらしいが。


「それからかしら。翼と四肢を持つ竜を羨むようになったのは。私にはなんで翼が無いんだろう、なんで四肢が無いんだろう、って」


 レヴィアは他の竜を羨み始め、そしてその恵まれた身体に嫉妬するようになった。


 自分より弱いのに、手足があるだけで竜として扱われる。大きな翼があるだけで、竜の戦士として讃えられている。


 翼無きレヴィアの戦いを『泥臭い』だの『獣の戦い』だのと侮蔑する癖に、竜は単なる蹂躙であってもその戦いを褒め讃える。


 だからこそ、レヴィアは嫉妬に狂った。何故己の方が強く、成竜の中でも私に勝てるものなどいないというのに、何故私を認めないのだと。


「……狂ったと言う割には、随分と思考が回るな」


「えぇ、不思議なことにね。でも、理由は何となくわかっているわよ」


 そう言って、私のことをじっと見つめるレヴィア。もしかして、私がまた知らず知らずの間に何かレヴィアに影響を及ぼしていたんだろうか?


「私は、貴女を妬めない。貴女は、私の過去が当たり障りのないものに感じる程、その身に理不尽な『罪』を刻まれているのだから」


「……そこまで理不尽な理由じゃないですよ。ただ、私は余りにも愚かだった。それだけの話です」


「単なる愚者ならまだそちらの方がいいわ。貴女を愚者と表したら、この世に生きる殆どが愚者になってしまうわよ」


 大層な評価をされて恐縮だが、私は他人の悪意の恐ろしさもわからない愚者なのだ。レヴィアの評価は正直に言えば見当違いと言っていいだろう。


 と、なんとも言えない暗い空気が充満しそうだった、その瞬間――――――










「ドゥオラッシャァァァァッ!!!!!」





「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」







 ゴリアテが、途轍もなく大きなヘビを一本釣りにして、それを見たユーリが腰を抜かして驚いた。


「……シリアスブレイカー」


「ユーリもアマネも、シリアスをぶっ壊すのが好きなのか?」


「え、なんで私まで含めたの?」


 今の話の流れで、私の名前が出る要素一つもなかったよね? 何、私が少しでも関係してると私までシリアスブレイカーにされるの?


「……驚いたわ。まさか、湖でも力が強くて暴れん坊のあの子が釣られるなんて」


「あ、やっぱりお友達でしたか?」


「そうね。私がここに来るまで、この湖のヌシをしていた子よ」


 ゴリアテが釣り上げたのはドラゴサーペントと呼ばれている竜頭のヘビで、分類的にはヘビ系モンスターの枠に入っている。


 尤も、竜のような硬い鱗に覆われていて、並大抵のモンスターじゃ相手にもならないのだ。亜竜種に含めるかどうかで議論の的になってもいるので、多分直に亜竜種の扱いをされるんじゃないだろうか。


 ちなみに得意技は水のブレスで、下手な水竜より威力や貫通力が高いらしい。もう君ドラゴンで良くない?


「お、やっぱりヘビ系のモンスターが多いんだな」


「ちょ、暴れんなって!? 針外せねえだろ!」


 ビッタンビッタン大暴れしているドラゴサーペントから針を外そうとするゴリアテは放っておくとして、湖からは次々とヘビ達が私達の元に挨拶をしに来る。


 最初に来たのはタイラントパイソン。B級映画にも出演出来そうな大蛇で、黒系の鱗は黒曜石のように滑らかだ。


 お腹側は白いのだが、黒い鱗の背中側は遠目から見ていると湖の水に溶け込んであっという間に視認するのが難しくなる。


 その次に現れたのは、ハープーンスネークというとても体の長いヘビ。空を飛ぶ鳥系のモンスターを餌にするヘビで、長い体を活かした狩りは命中率も高い。


 水面や樹上に潜んで、獲物を見つけるとそこに向かって体を伸ばして捕らえるのだ。まるで銛を突いたかのような速い狩りは、獲物が小さい程よく当たるそうだ。


 そして、尻尾がクワガタのハサミのようになっているシザーヴァイパー。ガチガチと打ち鳴らすハサミは、挟まれれば獲物の肉をギリギリと締め付けて離さない強力な武器として使われる。


 万力という言葉が優しく見える程にその力は強くて、挟まれれば高確率で骨折。場合によっては挟まれた獲物の方が耐えきれずに切断されることもあるという。


「ふふ、好かれてるんだね」


「……別に? ただ、私の家にしてるんだから、先に住んでる子達を守るのは私の役目だし、それだけの話でしょ」


 ちょっと恥ずかしそうに目を逸らしたレヴィアは、年相応の少女と言うのが相応しい。


 ヘビ達に見えないように隠した顔には、特に頬の辺りがとても赤く染まっているように見えた。

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