第11話 エレンの出立だお
「あんた何してくれてるの?」
この台詞よりも前に、僕は頬にエレンのキツイ平手打ちを貰っていた。
何してくれてるのとは、こっちの台詞だお!
「ヒュウエルを悲しませないで」
「お前が俺を慕っているのはわかったが、ちょっと強情過ぎるぞ」
きっと、エレンはヒュウエルにほの字なんだな。
彼女が僕と彼にとる態度が違い過ぎる。
「ヒュウエルは、好きな人っているんですか」
「……いないと言えば嘘になるな、だが、彼女はもうこの世にいない」
ヒュウエルからその言葉を聞いた瞬間、僕は条件反射的に下にかがんだ。
すると頭の上でヒュン! と空を切る音がした。
「チ」
見ると、エレンは自身の得物である長剣を抜いていて。
エレンの次の攻撃は、平手打ちじゃなく本物の凶刃だった。
命がいくつあっても足りない! そう感じた僕は本格的に悩み始めた。
このまま彼女の家を借りて暮らしてても、いつか死ぬお。
「なんで避けたの?」
おまけにストレスで剥げそうだお。
「まぁ落ち着けお前ら、今日はサービスで俺がご馳走してやるからよ」
「ありがとう、あんたもヒュウエルに感謝しろ」
拝啓姉さん、僕はこの世界に来て今日ほど悔やんだ日もありません。
とは思ったが、現実に残して来た家族に姉はいない。
妹はいるけど、姉はおりません、かしこ。
◇ ◇ ◇
朝、目が覚めると昨日とは違って僕は冷たい地べたの上だった。
そう言えば昨日は、家主のエレンが襲来したんだっけ……。
寝ぼったい頭で、身体を起こすと。
「起きたのねタケル」
「あ、お早うございます」
エレンとリンの二人はすでに起きていて、出掛けようとしていた。
「二人は朝が早いんですね、どこに行くので?」
「昨日言ったでしょ、私たちはこれから特級ダンジョンに向かうの」
「……その特級ダンジョンって、危険なんでしょ?」
「そうね」
「それでも、挑むほどの価値があるんですか?」
「価値……ねぇ。そう言う話はヒュウエルに聞いて頂戴」
エレンは気持ちうつむき、過去に思いを馳せているようだった。
「ダンジョンと言うのは、要は魔の巣窟の総称」
隣に居た寡黙気質なリンが口を開き、僕にその価値について語り出した。
「魔は人類に仇なす、存在。それは遥か太古からそうだった。だから人類と魔の間で和睦は成立しない。魔はいつまでも私たちを傷つけ続ける。だから私たち冒険者はダンジョンを失くす。そのために行く」
リンは強い意志が籠った瞳で、揺るがなく言うとエレンは俯いていた顔をあげる。
「私感で言えば、危険を冒してまで挑む価値なんてないけど……結果的に冒険者がダンジョンを制圧することによって、少しでも世界は平和に向かうの。昔ヒュウエルと一緒にダンジョンに潜ったことがあるけど、彼は言ってた。冒険者の中にはよく勘違いしている輩が多いけど」
――俺たちは何のための冒険者で、誰に生かされてるのか、それは知っておけ。
「私はその言葉の真意を知りたいと思ってる、うすうす解かるけどね」
エレンは命を賭けて、ヒュウエルの後ろを追いかけているみたいだ。
それなら、昨日のエレンの態度にも合点が行く。
「所でタケル、貴方どうやって家賃を稼ぐか、少しでも考えた?」
エレンに聞かれ、僕が頭を真っ白にしているとリンが言葉を継いだ。
「タケルは私たちの大事な収入源、頑張って欲しい」
考えるも何も、昨日は散々だった。
ヒュウエルがご馳走してくれた酒類をかっくらったエレンが悪酔いして。
――タケル、今からあんたを去勢する。
と言い、長剣で僕を追い回して、酒場は騒然としていたぞ。
――危ぇ! 俺たちを巻き込むな!
――あぁん? 俺の酒が飲めねぇってのか?
と言う感じで、僕も初めてのお酒を飲まされて今頭が猛烈にぐわんぐわんしている。
「その顔、何も考えてなかったわね」
「(´_ゝ`)」
「アドバイスしてあげる、貴方のステータスウィンドウで一商売打てばいいのよ」
エレンからそんな忠言を貰うと、彼女たちの仲間が表にやって来たみたいだ。
仲間の来訪に気づいた二人は、ためらうことなく扉を開け、去って行った。
扉に付けられた呼び鈴がやけに情緒的に鳴り響くなか。
エレンは仲間に向かって「おそーい」などと言い、僕は思い知ったんだお。
彼女たちのような冒険者がダンジョンに挑む理由は、様々だと思う。冒険者は常に危険と隣り合わせだ、それは魔王討伐隊に加わっているライザだとてそうで……でもこれが、彼女たちの日常なんだ。
彼女たちのような冒険者の日常があってこその、僕らの日常で。
僕らの日常あってこその、彼女たち冒険者の日常が成り立つ。
先日、ヒュウエルが言わんとしていたことが、にわかにだけど、分かった気がした。
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