第20話 王女の来訪だお

「あ、お帰りお兄ちゃん」

「ただいま」


 営業先の老舗の占い屋から帰って来ると、アオイはトロピカルジュース染みたものを嗜んでいた。確かあれは王都で新発売された、味の覇王と呼ばれた勇者の店の商品だったはず。


「ん? そうだよー」

「そうだよって何が?」

「まったく、お前は鈍いなぁ」


 例えそれが妹じゃなくてもカチンと来ますお。


 アオイはやれやれ、この兄にしてこの妹ありとは、よく言ったもんだね。

 などと言って、学力の悪さを露呈していたがスルーしよう。


「このジュースの開発にも、私は一役買ってる。そういう意味だよ」

「なに自慢だよ、分かり辛いですお」

「お兄ちゃん、私さ」


 背広を背広掛けに置くと、アオイは意気揚々とした声で言った。


「私、近い将来起業しようと思うんだけど」

「いいんじゃないかー? お前だったら大企業のシャチョさんになれるよ」

「その時はさ、お兄ちゃんのスキルが必要不可欠なんだよ」

「……僕に、雇われろって言いたいのか?」

「いやいや、もっと単純な話で」


 ほう、もっと単純とな?


「私の奴隷になれ」


 瞬間、この妹は世間に出しちゃ駄目だと悟りました。


「さっきアンディが来たよ、入学祝くれって」

「どいつもこいつも何様なんだよ、ったくー」


「然様ですね」


 ふと気が付くと、店内にはゴシック調のドレスを着た美少女が居た。

 ビスクドールのように可憐なその人は、接客用の椅子に腰かけ。

 見たことがない磁器のティーカップに、桜色の口を添えくつろいでいる。


「いらっしゃいませ、どちらさまでしょうか?」

「……それは申し上げられないかと」


 直感で思ったのは、この人には即刻お引き取り願えって貰った方がいい。

 僕の胸にそういった警戒心と、不確かな不安が去来する。


「ではどういったご用件でしょうか?」

「タケル殿、そなたに少しお話が御座います。一度、当方にいらっしゃってくれませんか?」

「……僕に何の用で? モニカ様」


 この名は、王室の跡継ぎ筆頭のご令嬢の名前だ。


 帰って来る前に居た占い屋で、僕は未来を占ってもらった。


 それは近い将来の凶兆を示す結果で、何でも王室が関わっていると聞きおよぶ。


 そのさい聞いたのだ、王家で今起こっている玉座を狙った骨肉争いの話を。


 モニカは話題の中で出て来た、策謀家の一人だった。


「御存じだったのですね、私のこと」

「王室の跡継ぎの有力者のお名前ぐらい、把握しています」


 ……――嘘。


 モニカがそう呟いたのが見え、僕の心臓は一瞬跳ねた。


「まあそういうことにしておきましょう、今回の用件とは関係ありませんし」


 と言うと、モニカはアオイをちらっと見た。

 王室の狙いはアオイだったりするのか?


 ライザのことを思い出し、とっさにアオイを手で庇った。


「……そのお飲み物、私にも頂けませんこと?」

「あ、ラジャー。ちょおっと待っててくださいねー」

「アオイ! この人は王家の人だぞ! 口のきき方に気をつけろ」


 モニカはアオイが手にしていたトロピカルジュースを欲しがっただけのようだ。


 アオイが階段を昇って二階に向かう。


 こんな時エレンの一人や二人いれば、状況は少しマシになったかもしれない。


 しかしエレンは今仲間を連れて次のダンジョン攻略に向かって、不在している。


「……不躾で申し訳ありませんが、帰って頂けませんか」

「タケル殿が王都から出て行くのなら考えましょう、ここは私の都です」


 ぐぅの音もでねぇ。


「僕に話って、一体なんでしょうか」

「少し、落ち着いて頂けませんこと? アオイさんがあのお飲み物を持ってくるまで」


 トロピカルジュースに執着し過ぎだろぇ。


 だが、モニカに言われた通り、僕は冷静になる必要がある。


 彼女の姿を見て、興奮していたのは事実だ。


 ……興奮? いいえ、ケフィアです。


「お待たせしましたー、王都で流行りのトロピーでーす」

「トロピーと言うのですね、頂きます」


 彼女の若干肉厚の唇は、男であれば喉を鳴らす代物だった。

 以前リンからキスされたけど、モニカとのキスはきっと――最高だ。


「変わったお味ですが、美味しいですね」

「どもどもー、いやー、この味を再現するのにない頭使いましたー」


 アオイ、お前すげーな。


 相手はこの国の次期、女王様だぞ。


 その権威に対して一切かしこまらない態度は、大物通り越して馬鹿だ。


「家の妹の非礼、お許しください」


「……タケル殿、そなたに折り入ってお話があるのです。さきほども申し上げましたように、一度当方へ足を運んでくださいませんか?」


 王室に? 以前ライザと行った時に門前払いされたあの館か。


「そのお話に関してですが、今ここで概要をお聞きすることは出来ないのでしょうか」

「……そうですわね、ならこう言えばよろしいでしょうか」


 ――親友のライザに、会いたくありませんか?


「では明日の十九時、当方へお越しください。それでは失礼」


 間違いない、彼女は本物の、モニカだ。


 なぜなら彼女は、一瞬で僕たちの前から消えたからだ。


 ライザが言っていた、王家のスキル――転移を使って屋敷に帰ったんだろう。


 その事実に驚愕していると、追い打ちをかけるような驚きの出来事があった。


「お兄ちゃん、今の人、結局誰だったの?」


 どうやらアオイは相手の素性を把握してなかったようで。

 こいつ、一度野望抱くと他人の話を聞かない所があると、驚いた。








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