第67話 それなりに疑いますお

 その日の晩は予定外だったけど、僕が作った城に宿泊することになった。


「くれる? この立派な建物をか?」

「はい、ここら一帯はケイトさんの敷地だとケヘランから聞いたので」


 僕は作った城をケイトさんに譲る話を打診したら、驚かせてしまったみたいだ。


「礼らしい礼など出来ないが、それでもいいのか?」

「ええ、僕が持っていても持て余すだけなので、どうぞどうぞ」

「ありがとうタケル、それからケヘラン、お前の旦那はいい奴だよ」


 だからケヘランの旦那という誤解は一刻も早く解いてもらいますお!

 僕にはウルルというれっきとした恋人がいるのです。


 ――翌朝、即席の城での寝心地は存外よくて。

 僕たちはちょっと寝坊し、昼前に起床した。


 今日は褐色エルフのケイトが彼女の暮らす街、暗黒街へと連れて行ってくれる予定だった。


「お早う」

「お早うミレーヌ」


 ミレーヌ、ケヘランやザハド同様に僕の兄弟子で。

 彼女はミスト型のモンスターが前身で、有効な攻撃は魔法に限られる。


 ミレーヌは影が薄いけど、親しい間柄ならこうやって朝も挨拶してくれる。

 彼女は誰かと言葉を交わすと、喜びを覚えるらしいんだ。


「アオイ殿、そろそろ起きてください、皆さんがお待ちですよ」

「あとごふん」

「その台詞もこれで何回目ですか、聞き飽きた」


 僕の代わりにアオイを律儀に起こすザハドの包容力は素晴らしいな、まったく。


 辺りを見回すと、城の渡り廊下にケイトの姿があった。

 おもむろに彼女に近づき、先ずは挨拶する。


「おはよう御座いますケイト」

「ああお早う、と言ってももう昼だぞ」

「何か差し迫ったことでもあるのですか?」

「あるにはある、私は暗黒街を守護する騎士の端くれだからな」


 暗黒街って、どんな街なんだろうか?


「タケル、お前たちを私の上司や、仲間に紹介しようと思うのだが、不服はあるだろうか?」


 あー、うん、まぁ……おk。


「紹介されるだけなら何も問題ありませんよ、ただ、力を貸して欲しいとかってなると話は別ですが」


 僕は傍観者の立場でありたい。

 この大陸が抱えているいざこざに関わりたくないのが僕の私感だった。


「みんな起きて来たみたいだな、安心して欲しいタケル。悪くはしないよ」


 ぽん、と肩に手を置かれ、ケイトは後方にいるアオイの下へと向かった。

 アオイもアオイでケイトから何事か言われ、がっはっはと馬鹿笑いしていた。


 ◇ ◇ ◇


 その後、ケイトの先導で渓谷を下って行くと、僕たちの視界に荒野が映る。

 水源となる大きな川こそ流れているものの、魔王の戦場と同じく緑がない。


「さっきとは打って変わって乏しい大地だね」


 アオイがザハドの背中でそう言うと、ケヘランが捕捉した。


「ここら一帯は、その昔大飢饉があったのよ。大地は枯渇し、生い茂っていた緑も食われてなくなった。私が生まれたのは丁度その頃のことで……飢餓からモンスター同士でしのぎを削り合ったの」


 ケヘランは過去を語り、いがいと辛辣な経験をしていたことを告白する。


 そのまま前を行き、どこまでも赤茶けた荒野が続くと思えた。


「みんな、トロピー飲む?」


 ザハドの背中で楽をしているアオイはそう言い、みんなにトロピーを与える。


「これは、飲み物なのか?」


 ケイトはアオイからトロピーを手渡され、不思議そうに見ていた。


「妹が開発したジュースです、どうぞご吟味ください」

「……――美味しい」


 彼女は恐る恐るトロピーに口をつけ、含んだ濃厚な果汁の味わいに眉尻を下げる。


「アオイ、これは素晴らしいものだ」

「えへへ、そうかな? 無限にあるし、これで商売できそうだねお兄ちゃん」


 お世辞かもしれない言葉にすっかりおだてられやがって。


「是非ともこの味を街のみんなに知って欲しい、アオイには商人の証を与えるよう私から進言しておく」


 ケイトの台詞にアオイはちゃらい感じで返していた。


 そのまま歩くこと三十分、突如として目の前に街の外壁が映り込む。まやかしの魔法か何かで遠くからは視認できないようになっていたのかな? 感覚的にはそのくらいのとうとつな出来事だった。


 肌色の街の正門らしき場所には数十人にのぼる行列ができていて。


 僕たちも自然とならってその行列に加わる。


「ここが私が所属する暗黒街だ、外敵の侵入を防ぐため、門番によるチェックを受けてから街の中に入るぞ。君らの素性を今一度確認しておきたい。タケルやアオイ、ライザとイヤップ、それからウルルは勇者で相違ないな?」


「まぁ、そうなりますね」


 ケイトの確認に簡素に答えると、彼女は今度ケヘランたちに問い質した。


「他の者は見掛け通り、タケルたちに従うモンスターってことでいいな?」


「然様ですケイト様、でも私とタケルの関係は」


「わかってるよケヘラン、君たちは夫婦だったよな」


 だから誤解ですお。


「ザハド、トロピーを今の内から売り込みたいから、整列している人達に配りに行こう、はいよーザハド」


「私は馬じゃないのですアオイ」


 堪え性のないアオイはザハドと一緒にさっそく営業しに行くという。

 アオイの自由奔放な行動を、ケイトは特に止めなかった。


「いいんですか、妹はあの調子で街の中でも好き勝手しますよ?」

「暗黒街は自由と危険が隣り合う街だ、好きにするといいよ」


 自由と危険が隣り合う街、か……それでこそ、暗黒街との呼ばれに相応しいあり方だと思う反面、一見普通の街に見えるここには、何か隠された秘密があるんじゃないかと、疑っている自分がここにいるようだった。

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