第68話 キノコ大臣その一、だお
長い行列は一時間ほど待つことで消化できた。
僕らは肌色した街の外壁に取り付けられた割と立派な門の横にある小部屋に通される。
「次の者、検問所に入れ……お前らは先程の小娘の一団か」
「家の妹がすいやっせんした!」
「中々にいさぎよいな」
我が家の華であるアオイちゃんちーは、行列にトロピーを配って回り、ちょっとしたもめ事を誘発させていた。トロピーを気に入ったお客さんが列を乱し、それでちょっとね。
アオイはその場から華麗に逃走して来たと言ってたけど、僕らは完全に目をつけられている。
「で、こいつらはケイト様のお連れとのことですが」
門番をしていた衛兵は、格好こそ違うものの、ケイトと同じく褐色エルフの外貌だった。
「道中、この一団の詳細を書類にまとめておいた、先ずはこれに目を通して欲しい」
「さすがはケイト様、仕事が細かい」
「それは私を馬鹿にしているのか?」
「とんでもないですよ……ふむ、特に問題なさそうですね」
「ではタケルたちに滞在許可書と、街での行商行為を認める証明書を発行してくれるな?」
ケイトが命令口調で言うと、衛兵は無言で対応し、僕たちは暗黒街に踏み入る。
暗黒街と言われる街の光景は王都と同じく非常に賑わっていた。
大通りには様々な人種が行き交い、行商が怪しげな商品を出していて。
即席の店には水色、ピンク、黄色、オレンジといったカラフルな日よけが並んでいる。
「おおー、中々に賑わってますな」
アオイは異国の風景に関心を持ったようだ。
「そうだな、王都とは違った豊かさがある」
「私たちもさっそくお店開いちゃう?」
「どうでもいいからお前はザハドから降りろよ、いつまで楽するつもりだ」
「く、殺せ!」
などと、最近のアオイの定番となったやり取りをしていると。
「私はこの足で一度王宮に向かうが、君たちは自由にしてくれていいぞ」
ケイトは王宮に向かうらしく、僕たちに別れを告げた。
「ケイト様、貴方のご尊顔をまた見れて幸甚の至りでした」
「ケヘラン、君との思い出を振り返ってつい涙しそうになった、こちらこそありがとう。こんな私を今でも覚えていてくれたことに感謝する」
ケイトがそう言うと、ケヘランは人間の姿になった。
ケイトは特に驚かず、彼女と抱擁を交わすと、街の奥へと消えて行く。
「……けっきょく、誤解は解けずじまいか」
「タケルはケイトに誤解されていたのか?」
「ああいやライザ、そう困った話じゃないし、特に突っ込まないで欲しい」
「了解した、それでこれからどうする」
僕らはこの大陸には修行の一環で飛ばされたのだが、何をすればいいのかさっぱりだ。ダランが言うには、魔の本質を見極めろ、とのお達しだったはず。しかし、我が家の残念な妹アオイに、そんなのは関係ないみたいだ。
「ねぇおじさん、このジュースを沢山あげるから、これとこれ頂戴」
「ジュース? 試飲させてくれるのかなお嬢さん」
「いいよー、おら」
「がぽぶぽっ!? ――っ、美味ぁあああああああああああい!!」
「でしょ、じゃあこれとこれは貰うから」
アオイはザハドを引き連れて行商をあっちこっち回り始めていた。得体の知れないものをろくな目利きなしに無駄に収集しているその姿は、地球に居た頃にもかいま見た妹のオタク質な一面だ。
『アオイ、とりあえず僕たちは今夜の宿探して来るから』
市場の人混みに消えて行ったアオイにメールを打ち、僕はライザたちと共に宿を探すことから始めた。
「アオイは放っておいて、宿を探そうライザ」
「昨日みたく、タケルのスキルで作れないのか?」
「ここは知らない土地だし、目立つ真似は避けた方がいいと思う」
そう言うと、ライザは笑んでいた。
「急に笑ってどうしたの?」
「タケルが昔とは違い、頼もしい男になったことに感動しているのだ」
「大げさな、君の方が数倍頼もしい」
異世界サタナで初めての友達と談笑していると、誰かがお腹を鳴らした。
「ごめんなさい、お腹が空いてしまって」
それはライザの妹のイヤップ、白い毛並みが美しい彼女だった。
「ふむ、ならばイヤップ、今日はタケルにご馳走してもらうとしないか?」
「ええ? とうとつだなライザ、君らしくもない」
「そうか? 私とイヤップは宿を探す、タケルたちは食事を調達して来てくれ」
あいよ。
こうして僕はライザとイヤップの二人とも別れ、またメンツを分散させる。
「ここらへんの土地の名物は一応キノコ類になるわ」
「それはいいね、なら今日はケヘランのお薦めのキノコを使ったメニューにしよう」
キノコはいいぞぉー。
ケヘランの薦めあって、僕らは市場でも主に食材を扱っている一角に向かった。
そこでは香ばしい匂いが目立ち、自然とよだれが垂れる。
「お兄さん、貴方のお薦めの商品はどれになるかしら?」
「ん? もしかして今聞いて来たのは」
「私よ」
「あのよ? 人に飼われているとは言え、モンスターが人間様の言葉喋らないでくれねーか?」
ケヘランは商店の店主から邪見にされている。
「お早うお兄さん」
「ヒィ! んだよ、驚かすなよ」
その店主を挑発するようにミスト種のミレーヌが背後から声を掛けた。
ミレーヌがそばにいると、怖気を感じるんだよな。
「おい兄ちゃん、こいつらお前の連れだろ? 躾がなってないんじゃないの」
「……貴方ねぇ」
ケヘランは店主に対し文句があったようで、素の姿のままだと話を聞いてくれないと理解していたのか、ミレーヌと二人して人間の姿に化ける。
「おぉう、モンスターが急に美人に化けやがった、がんぷくがんぷく」
「客を見掛けで差別しないでくれる? いいから、貴方が隠し持ってるメツバキノコを寄越しなさい」
「――っ、どうしてそれが判った?」
メツバキノコ? 察するに、ケヘランの好物か何かだろうか?
ケヘランは再び蟻の姿に戻ると、地団駄を踏んでいた。
「私の嗅覚を舐めないでくれる? メツバキノコなら一キロ先にあろうとも嗅ぎつけられるのよ」
「……いくら払うんだ? 言っておくが、こいつを入手するのにどれだけ苦労したと思ってやがる」
なるほど、メツバキノコは入手困難で、店主が思わず自分の懐に隠したくなるほどの絶品キノコなんだな。地球で言う所の松茸、いや、もっと貴重で甘美なキノコなのかも知れない。
「メツバキノコなら、そうね、金貨二十枚でどう?」
「お前みたいなモンスターが金貨を二十枚も持ってるわけねーだろ」
金貨二十枚か、結構えぐい値段設定だな。
店主はケヘランが提示した値段になっとくが行ったようで、僕は精巧に縁どられた煌々とした金貨を二十枚さしだした。
「……マジかよ、三ヶ月分の収入が入って来ちまったのか。毎度あり兄ちゃん」
「お礼を言うのなら私たちにも言いなさいよ、この屑!」
一見は赤茶色の傘をした、香ばしいキノコだ。嗅ぐわいはたしかに食欲をそそる極上の甘い匂いがする。ソテーにするもいいだろうし、炊き込みご飯にするのもいいんだろう。
「屑、金貨二十枚も出したんだから、他のキノコもサービスしなさいよ」
「おっと、それもそうだな。そしたら俺のキノコちゃんを」
「噛み千切るわよ? この屑!」
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