第87話 ヴィヴィアンと眠るユタ、だお
ライザは愛妹のイヤップが異世界サタナに召喚されたことに、良くも悪くも言えないと口にしていたことがあった。それはサタナに召喚されて、今対峙しているエルフの兄妹、ユタとゼクスを見れば自ずと理解できる。
ユタは心を喪失し、狂人と化して、今はイヤップの唇を強制的にうばっていた。
ユタの過去をあらかた知った僕は彼に同情の念をつのらせ。
ユタの現在の蛮行を目に入れている僕は――勝利を確信する。
「ッ!? お前、まさか」
ユタは焦った表情でイヤップから顔を離す。
イヤップは僕と同じように勝利を確信したかのように、口元を緩ませる。
「私のスキルは、口づけによって対象のスキルを奪うもの。貴方のステータスウィンドウは奪わせてもらい、無力化できた。お礼にキスしてあげましょうか?」
「女狐がぁ――ッ……なんだこの感覚は」
そこで僕は、倒れたふりをやめ、二人のもとに近づいた。
上着を脱ぎ、イヤップに渡して、仰向けに倒れたユタをふかんしている。
「タケル、私に……何かしたのか?」
「ユタはこの花に見覚えあるかな。聞いた話だと、この花には君達、エルフの記憶に干渉する効用があるらしいね……この花のエキスを抽出し、僕は仲間のミレーヌにお願いして、君に取り込ませるよう指示したんだ」
けど、さっき花の効果が出なかった所を見るに、ユタはステータス改造による影響でこの花に耐性が出来ていたみたいだった。しかしイヤップにスキルを奪われたユタはその場に倒れ、僕は看取るように彼の背中に手を回した。
「罪深い君は、もうじきこの世からいなくなる。ユタは生まれ変わるんだ」
「……せめて、妹に会わせてくれないか」
「わかった、ゼクス」
と言い、背後にいたはずのゼクスを呼ぶ。
しかし、背後には木で出来た人形があるだけだった。
「あれは私がその昔、仲間にお願いして作ってもらった……私の妹は、私の故郷にいる。私が、異世界サタナに召喚されて、すべてがどうでもよくなって、それでも、妹だけは忘れられなかった」
「……貴方は、妹さん同様に、誰かを憎むべきじゃなかったんだ」
そう言うと、ユタは憎悪と愛情が入りじまったかのような、なんとも言えない表情を取る。
「タケル、ヴィ、ヴィヴィアンのもとに……ヴィヴィアンは気難しい奴だから、私から紹介しないと」
「わかった、ならヴィヴィアンのもとに向かおう」
脱力したユタの脇を持ち、僕たちは玉座の間の後方にあった門をくぐった。
すると、勇者の揺り籠に入った時の感覚にまたおそわれる。
淡い夕焼けが地平線に沈み、空は燃え盛るように紅蓮の色に染まっている。
紅蓮の色した空は、土とモンスターの骨のような原野を照らしていた。
「階段を上った先に、ヴィヴィアンはいるはずだ……」
「わかった、急ごう」
「ヴィヴィアンは、私の友人であるお前を、無下にできないはず、だ」
「悪いけど、貴方とは友達になれない」
残酷なことだったけど、それが僕の本心だった。
微睡むユタを連れ、僕たち三人は目の前にあった長い石畳の階段を上った。
「タケル? 遅かったね」
階段を上った先の高台に、ウルルがいた。
ウルルの隣には青毛の長髪を持った紅色のドレスを着た麗人がいて。
「ついに、討ち取られたのか、ユタ」
ユタに優しい声音で語りかけていた。
ユタは気を許した相手のように、彼女の前で不敵な笑みを浮かべる。
「ヴィヴィアン、私の、友人を連れてきたぞ」
「なんだ、お前、まだあの約束を気にしていたのか?」
「むろんだ……」
ユタはそう言うと、僕の手から離れ、ヴィヴィアンのもとへと近寄る。二人の間にどんな約束があったかわからないが、ヴィヴィアンは彼を抱きとめ、膝枕をしてやっていた。
「……ご苦労だったなタケルとやら、後は私に任せろ」
ヴィヴィアンは艶やかな唇と、ドラゴンの化身とは思えない柔らかな笑みで告げた。
「そうですか?」
とは言ったものの、本当にユタの記憶がなくなるのかは定かじゃない。
しかしまぁ、僕も今回の騒動で少し疲れた。
多少投げやりだけど、ここは彼女に任せて、日を改めて様子を見に来よう。
「……じゃあ、また」
僕たちが駆けつけるまで彼女と対話していたらしいウルルは、再会の時を仄かに願ってそう言うと。
「ああ、またな」
ユタを抱くようにして草原の上に座るヴィヴィアンは慈悲深い声音で応える。
紅蓮に燃え盛る綺麗な空といい、僕にはその光景が絵画のように映ってしょうがなかった。
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