第88話 僕と友達になってくれ、だお

 空島にあったヴィヴィアンのねぐらから退出すると。


「今回は大義であったなタケル」

「えっと、誰?」


 目の前に、名もしれない神がにっこりとした笑みをたたえていた。

 誰? と一瞬ガチで思ったけど、僕らのお師匠であるグウェン様じゃないですか。


 へへ、あっしだって仲間の仇の一つや二つ取れますぜ、へへへ。


「特にイヤップ、貴様の活躍には目を見張る」

「……グウェン、どうしてケヘランさんを助けなかったのですか?」

「自然の成り行きに我々神は干渉しない、でないと不公平だからな」


 お師匠様、そりゃいくらなんでも言いすぎでっせ。

 ほらみろ、イヤップも怒り心頭で、グウェンの頬を打ちにいった。


 が、グウェンはその平手打ちを難なく止める。


「怒りに身を任すとろくなことにならないぞ、イヤップ。それは今回の件で学んでくれたと思ったが?」


 そう言われても、ユタの過去を知らない彼女は混乱するだろう。

 僕はイヤップをなだめるように彼女の肩を抱いた。


「グウェン、僕も今回の件で色々学びましたよ」

「うむ、ならば良い。誤解しないで欲しいが、ケヘランを失って私も悲しいのだ」

「ケヘランは、彼女の思い出の地に弔いました」

「うむ、天晴れである。であれば今回の修行はこれまでとする」


 と、言うことで。

 エルフの大陸における僕たちの修行はこれを以て終了したんだお。


 グウェンは僕たちの首根っこをつかまえて、元の修行場である神々の楽園へと転移した。


「あ、ライザ! よかった無事だった」


 神々の楽園にはすでにライザが戻っていて、見ればアオイやザハドも顔をそろえている。


「……タケル、今回は中途半端なところでいなくなって悪かった」


 ――だがお前も悪い。


「僕も悪い?」


 って言うと?

 ライザの口から初めて聞かされた手厳しい言葉に、ちょっと寒気がした。


「タケルは、イヤップのこと正直どう思ってるんだ?」


 瞬間、僕の血の気はさーと引く。


 そう言えば、ユタを釣る作戦の一環だったけど、イヤップのこと勝手に奥さんに仕立てあげていた。脳裏でどう申し開きしようかあれこれ考えちゃいるが、頭が真っ白になったお。


「ぷ、ははははは、温厚なライザでも怒ることってあるのね」


 その時、聞き覚えのない声が耳に入り。

 声のした方を見ると、そこにはライザを魔王軍に取り込んだ例の勇者たちがいたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 後日、僕は名も知れぬ大海の上を浮遊する空島へとやって来た。

 修行が再開してさっそく息を詰まらせたアオイも同行したのだが。


「タケル、アオイが逃亡しました」

「はぁ、ザハドはアオイのお目付け役なんだから、しっかりしてくれよぇ」

「いつ私がアオイのお目付け役になったというのでしょうか」


 アオイは逃げた、しかしザハドに回り込まれて終わり、以上。


 して、僕は空島に来た最大の杞憂である、ユタのその後の様子を見に来たんだお。


 玉座の間にいくと、もぬけの殻で、僕たちの戦闘の傷も修復されていなかった。


 玉座の間をそのまま通り過ぎ、ヴィヴィアンのねぐらに向かうと。


「初めまして旅の人、ヴィヴィアンに用事ですか?」


 ユタは入り口付近の原野で、薬草を摘んでいた。


「そうですね、彼女に用があってきましたお」

「面白い言葉を使うのですね」

「よく言われますお」


 ユタは本当に以前の記憶を失くしているようだった。

 その事を受けた僕は心の底から安堵し、彼の案内で石畳の階段を上る。


「どちらかいらっしゃったのですか?」

「元をたどれば地球、って言う星からですね」

「地球ですか、どんな場所ですか?」

「自然が豊かな所もあれば、文明が発達している所もあるような感じの」

「いつか、私もその地球とやらに彼女と一緒に行ってみたい。なんとなくそう思います」


 その時は僕が案内しますお。

 と言うと、ユタは笑顔を浮かべた。

 その笑顔にはかつての罪悪にまみれた恐怖はうかがえない。


「失敬、どうやらヴィヴィアンは席を外しているみたいで、今探してきます」

「あ、その前にいいですか」


 階段を上りきると、ヴィヴィアンの姿はなかった。


 ウルルから聞いた話だと、ヴィヴィアンは未来視を持っているみたいだ。僕が来ることを事前に知っていて隠れてしまったのかな? それとも、彼女は僕の本当の目的を知っていて、あえて席を外したんじゃないだろうか、ガサゴソ。


「なんでしょうか?」


「僕の名前はタケルって言います、ユタとヴィヴィアンご夫妻のことは遠い知り合いから聞かされてちょっと様子を見に来たんです。その知り合いからこれを貴方に渡して欲しいって言われてて」


 僕はステータスウィンドウを開き、アイテム欄から彼の妹を演じていたゼクスの人形を取り出して渡した。


「人形、ですか? 精巧ですね、まるでアーティファクトのように」

「知り合いが言ってました、それは貴方にとって大切な」


 ――妹さんの形見みたいなものだって。


「……そうなのですか、ありがとう御座いますタケルさん」


 ユタが口にしたように、渡した人形はアーティファクトの一種だった。

 それはアオイがこの大陸で得た新スキルのクラフトによって同じものを作り、知った。


 ユタ以外の存在からすれば、これは単なるアーティファクトだったかもしれない。

 しかし、これまで兄妹として生涯支え合ったユタからすれば、掛け替えのない存在だ。


 記憶を失ったユタは、ゼクスの人形を手に取ると涙を流していた。


「失礼、どうしてか、自分でもわからないのですが、タケルさんの言うようにこれは私にとって大切なものだったみたいです」


 静謐に涙を零すエルフのユタに、僕は片手を差し出す。

 そしてここにやって来た最後の目的である言葉を口にする。


「ユタ、よければ僕と友達になってくれないかな」


 と言うと、ユタは涙を流したまま、喜んだ表情を浮かべるのだった。

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