第60話 鼻から炭酸メロンだお
「あ、じゃあ、うん、そういうことで」
ヒュウエルが自身の師だと紹介したグウェンは、唐突にやって来ては言った。
世界の時間が何者かの手によって巻き戻されたんじゃね? と。
今のは僕の脳内でバイアスが掛かっているが、大体一緒。
「逃げるな小僧、やっぱりお前の仕業ではないか」
グウェンは立ち去ろうとする僕の首根っこを捕まえ、ヒュウエルの前に連れ立った。
「いや、そんなのタケルには不可能よ」
「どうしてそう言い切れる? と言うか、お前は誰だ」
「エレン、ヒュウエルの恋人、よろしく」
「ヒュウエルの恋人? 色々とおかしいな、ヒュウエルの連れはリザのはず」
リザ、それはヒュウエルが過去に失ったという好きな人の名前だった。
そしてその人は恐らく、アンディの母親で、王家の血族だったのだろう。
「グウェンが仙人のように秘境に籠っている間も、色々あったんだよ」
「私には俗世のことはわからない……しかし、この世界の時が遡ったことは間違いない」
ちくしょう、この人は仙人キャラの立場か。
なら、嘘を吐いててもいずれはバレると思った僕は。
「たぶん、アンディですよ……アンディは人が変わってたし、何より、色々と知っている様子でした」
酒場に害意のある人間がいないことを確認し、アンディの名前を仄めかした。
そう言えばアンディは今頃どこで何をやってるのだろう。
「小僧はそのアンディとやらの居場所を知っているのか? 案内しろ」
「おそらく、彼なら聖女の代表、マージャの家にいます……いいんですかヒュウエル?」
この人をアンディの前に連れて行っても。
そういった視線をヒュウエルに向けると。
「あのクソガキがそんな大層な真似しでかすとは、俺は思えねぇがな」
ヒュウエルはアンディとは赤の他人である世間体を貫こうとしていた。
おk、大方は察したよ。
ヒュウエルの一貫した立ち位置と、グウェンさんは悪人じゃないこととか。
「じゃあ、ついて来てくれますか」
「うむ、ではなヒュウエル、また後で」
僕はこの人を連れ、おそらく街のどこかにいるアンディを探すため去った。
「何あの人? ただ物じゃない感じね」
「……あいつは、俗にいう、神の一柱だからな」
「は? 神?」
◇ ◇ ◇
「しかし、街の様子がずいぶんと変わったようだな」
「へへ、然様ですか」
「おお? 小僧、これは?」
「それは新聞と言いまして、薄汚い人間の闇がつらつらと記されております」
「気に入った、これを一枚くれ」
「へへ、お頭、それならあっしが支払いを済ませておきますので、へっへっへ」
なんか、この人を前にしていると、心が俗っぽくなる。
時間が経過すればするほど、グウェンの神々しさが増していく、かのような?
――あの人、誰? 素敵。
――誰かしらね……お声掛けてもいいのでしょうか。
街中を行く貴婦人たちも、グウェンに惹かれているようだ。
「タケル、そこに居たのか」
街の中央広場に差し掛かると、ライザと遭遇した。
「ライザ、どこ行ってたんだ?」
「ああ、ちょっとここでは話せないが……この御仁は?」
と、ライザもグウェンのことが気にかかるみたいだ。
僕は彼にライザを紹介しようと顔を見やると。
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「何事ですかお頭!?」
「む? どうなされた御仁」
グウェンは発狂したあと何故か、ライザを篤く抱きしめていた。
「聞くがいい小僧」
「へい、なんでやんしょうか?」
「私は動物が大好きだ……喋り、歩く狐とは、見事」
グウェンが地球を訪れた際は、北国を案内しようと思いました、まる。
「見た所、お前も相当出来るな、名前はライザというのか?」
「そうだが、御仁はどこの誰だ」
「私の名はグウェン、この世界に六つある大陸を司る神々の一柱だ」
へへ、然様でしたか。
「……タケル、この方を連れてどこへ行くつもりだ?」
「アンディを探してるんだよ、知らない?」
「あの子なら、タケルの店に向かったはずだ」
ええ? ニアミスしてた? まぁ、そう言うことなら家に戻るか。
「小僧は一丁前に店を持っているのか、どんな品を置いているんだ?」
「えっと、端的に申しますと、僕の店では――ステータスウィンドウ、これを商品としてます」
半透明のスクリーンをグウェンの前で見せてみると、彼は目を細めた。
「……なるほどな、恐らく、そのアンディとかいう小童も、これを持っているのではないか?」
「いやー、アンディには彼の祖母からきつく言われてて、あげないようにしてます」
そう言うと、慧眼を取っていたグウェンは、頭にクエスチョンマークが浮かんだように呆然としている。そのまま家に帰ると、一階では相も変わらず妹のアオイが店番をしていた。
「アオイ、お茶を出して」
「何? お客さん? だったら、新商品の炭酸メロンジュースを使ったフロートましましで」
「せめて炭酸単品かジュースの単品か既存のものにフロート足した奴にしてくれ」
察するに、グウェンの世間離れは相当酷い。
王都を歩けば辺りを忙しなく見回して、目を光らせ、あれは何だと質問しまくるし。そんな彼に味わったことのない炭酸メロンジュースにフロートましましとか、カルチャーショックの余り死んでしまのでは?
「止せ小僧、お前の気遣いはわかるが、私は炭酸メロンジュースのフロートましましとやらを口にしてみたい」
間違いない、この人の死因は好奇心だろうて。
そして、グウェンの前に鮮やかな緑色のしゅわしゅわとした液体が出されると。
「……で、でででは、い、いいい、頂くと、しよう」
グウェンは見るからに動揺していた。
「――、口の中で風味豊かなメロンが弾けてッ!」
「屑様!!」
などと、グウェンの食レポが始まって数秒後、目的のアンディが顔を出し。
「ぶっへぁ!」
意表を突かれる格好となったグウェンは炭酸ジュースを鼻から吹き出すのだった。
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