第142話 特異点だお

 闘技大会に居合わせていたはずの僕は見知らぬ新大陸にふっと舞い降りた。


 新大陸にいた農夫から得られた情報は乏しいが、どうやら僕の領土らしい。


 耕された畑の景色がずっと続いている。


 今いる場所はそういった、牧歌的なスポットだ。


「タケル様、いつまでそこでぼけっとしているつもりですか」

「迎えが来るまでの間ここにいるだけですから」


 農夫は敬語ではあるものの、僕をぞんざいにあつかっている。

 ためしに彼の名前を聞いてみよう。


「貴方の名前はなんていうんです?」

「……リカルドですが?」


 え?


「それってレジスタンスやっていた?」

「そうですよ、タケル様はやっぱりどこか変ですね。頭でも打ちました?」


 ああ、えっと、どう説明したらいいのかわからんちん。


「そう言えば頭がずきずきすゆ、あれれー? おかしいなー?」

「はは、大変ですね」

「笑ってないで医者なりなんなり呼んできてくる場面なんじゃ?」


 今の流れで大変ですね、で終わらせる神経がわからんちん。


「医者と言われても、貴方にはシャーリー様がいらっしゃるじゃないですか」

「そのシャーリー様と面識がない、と言ったら?」

「……本気で言ってますか?」


 彼は畑仕事していた手を止め、真剣な顔つきでいた。

 僕は彼の問いに、首を縦にふって答えると。


「〇すぞ」


 ナチュラルに〇すと言われました。

 やっぱわからんちん。


「わかりましたよ、面倒ですが、アオイ殿に連絡しますよ」

「あ、アオイもいるんだ」

「ステータスウィンドウオープン……さすがに妹さんのことは覚えているんですね」


 彼はステータスウィンドウを開き、慣れた所作で操作している。


「えっと、そもそもの話、ちょっと待って……うーん、やっぱり説明に困るぅ」

「そんなこと言われても俺もさっぱりですよ」


 と、糸口が見えないままリカルドと話していると、背後に誰かの気配を感じた。


「た、タケルだよな?」

「お? トオルくんか」


 それは僕が滞在するホテルを取り仕切っている地球の幼馴染だった。


「ここはどこなんだ? 俺、どうしてこんなところにいるんだ?」

「誰ですそいつ、まさかヴァルハラの手の者じゃないですよね?」


 困惑するトオルくんをリカルドはいぶかしがっている。

 ヴァルハラは、たしかリカルドがレジスタンス活動をしていた国の名前だ。

 王国の隣国で、ヴァルハラの王家のスキルは奴隷化だったかな?


「トオルくんは僕の幼馴染ですよ、サタナとは無関係の出自ですからご安心を」


 しかし妙だな、トオルくんの……胸が膨らんでいるように見えるのだが?

 まるで女性特有のおつぱいのように、胸がはっている。


「所でトオルくん、その胸どうしたの?」


 胸について聞くと、トオルくんは手で隠した。


「なんか、ここに来て、俺、女みたいな体になったんだよ」


 え? じゃあまさか僕も? 確認するために股間に手をやるが、ありますなぁ。

 リカルドは僕らを見て当初はなかった覇気を宿らせたみたいだ。


「……段々とだけど、この事態が尋常じゃない気がしてきたな。アオイ殿に連絡しました。返事はまだかえってきてませんが、向こうも向こうで何かあったんですかね?」


 と聞いて来る彼の眼は鋭かった。

 疑われてるなぁ、きっと。


「リカルド的に、この状況を打開できそうな人物は誰なんだ?」

「シャーリー様しかいないかと、あの方は大陸の女神なので」

「じゃあシャーリー様を探せばいいんだね、僕のステータスウィンドウからDM飛ばせるかな」


 DM飛ばせればいいんだけど……シャーリーを検索すると、意外にもあった。

 なので、シャーリーには先ずここに来るようにお願いし、状況の説明も仰ぐ。


 しばらくすると、シャーリーから返信が届く。

『今しばらくお待ちください、あと十秒ほどでそちらに向かいます』

 十秒後には、シャーリーが来る。


 僕はステータスウィンドウのアイテムボックスからお茶としてトロピーを人数分取り出した。リカルドにやると彼は警戒した様子でトロピーに口をつけ、その味わいに幸せになっている表情をとる。


「美味いじゃないですか、ありがとうタケル殿」

「助かるよタケル、こんな時は喉が渇くから」


 トオルくんにもトロピーを渡し、お礼を言われる。

 そんなやり取りをしている間に、件のシャーリー様は現れた。


「タケル、何かあったのでしょうか?」


 腰元まで伸びたアケビ色の綺麗な直髪は毛先に向かうにつれ白に変色している。加えて彼女の容姿端麗な輪郭と、慈母の如き眼差しには蠱惑的な魅力さえ覚えてしまう。シャーリーはまさに、正統派の女神様だった。


「シャーリーですか? 実は今、困ったことになってて、説明が難しいからどこか落ち着ける場所で説明させてくれないかな?」


「……それでしたら、私の宮殿に向かいませんか。あそこなら落ち着いて話せると思うの」

「OK、じゃあその宮殿に向かいましょう」


 というと、シャーリーは微笑んでいた。


「タケル、もっと砕けた態度で接してくださいね、それが普段の貴方なのだから」


 うーん、理由はわからんが、OK!


 して、僕たちはシャーリーが所持していた転移魔法で彼女の宮殿へと向かう。彼女の宮殿の庭にはギリシャ神話に出てきそうな柱がついた三角屋根のバルコニーがあって、円卓のテーブルに侍られた丸椅子にそれぞれ座る。


 シャーリーは豪華な外見をした家からお茶請けを持ってきて、言うのだ。


「家にはこんなものしかなかったけど、どうぞ、長話のお供にしてやってください」

「ありがとう、それで、僕は現状何が起こってるのかさっぱりなんだよ」

「それはすでに聞かされた、記憶の混乱でも起こってるのかしらね?」

「いや、記憶の混乱というよりもこれは」


 この状況は、一種の神隠しだ。

 僕は現実世界から、在りもしない場所に神隠しに遭った。


 トオルくんも巻き込まれたところを察するに、どうやらノアの大陸にはまだまだ秘密が隠されているみたいだな。たぶん、この後も続々と被害者が出てくると思う。例えばダニエル将軍やハリー辺りがやってきそうな予感がする。


 シャーリーたちにそう言うと、彼女は手にしていたトロピーを卓上に置き、澄んだ眼差しで僕を見詰めていた。


「タケルはそう思っているのね。じゃあ今度は私の見解を聞いてくれる?」

「聞かせてくれないか」


「……最近のことだったかしら、タケルのステータスウィンドウをアオイさんが魔改造して、世界の時間を巻き戻すことができるようになったのは。それで確か、アンディくんがやらかしたって、タケルは言ってたわよね?」


 ……そう言えばそんなこともあったなぁ。

 そのせいで僕はグウェンに弟子入りして、エルフの大陸で奔走したんだ。

 今まで何かに追われるように忙しくしてたから、失念していた事柄だった。


「それで、その後僕たちはどうなったの?」

「……タケルたちは、特段影響は受けなかったの。問題は私やリカルド」

「? というと?」


「タケルたちはアンディくんと一緒に過去を変えて、その時間軸で生きていった。けど、本来だったらタケルと出会い、未来を変えられた私たちは泣く泣くここで生きることを余儀なくされてしまった。ここはアンディくんの歴史改変によって消滅してしまった者が集う、魂の安置所なのよ」


 その話に誰よりも驚いたのが、リカルドだった。


「その話は本当ですか? だったら、今ここにいる俺は一体何なんですか?」

「影、みたいなものですかね。リカルドの本人はまた別にいます、タケルが元居た場所に」

「……タケル殿、あんたの世界では、俺はどうなっていた?」

「えっと、たしかヴァルハラの付き人になって」


「ふざけるなっ!! 俺はヴァルハラに革命を起こすレジスタンスのリーダーだったんだ! それがヴァルハラに取り込まれ、付き人をやっていた、だと? 許される話じゃないぞ! シャーリー、何か方法はないのか!?」


 リカルドは態度を荒げ、席から立ち、シャーリーを上からにらみつけるような格好で聞いていた。


「……タケルをここに呼び戻せたことこそが、私たちの希望ですよ。どうやらタケルは二つの世界の特異点になってしまったようなので、ここから先の未来はリカルドや他のみんなの努力次第ですね」


 情報量が多すぎて今一理解できない部分はある。


 が、またしてもトラブルを引き起こしたのは僕だったようだ。


 それだけは理解できましたお、キリ。


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