第50話 クソでかため息だお
ヴァルハラ――リカルドの説明によると、一国家の名前らしい。
ヴァルハラでは大勢の人間が奴隷として酷使され、嘆いている。
そんな話を聞くと周囲の麦畑の穂波のさざめきが、ちょっと怖く思えた。
「あんたたちも、うかつにヴァルハラと関わらない方がいいぞ」
リカルドは宿屋に接近した僕たちに、良心から忠告しているのだと思う。
「もしかして、貴方自身もヴァルハラの奴隷だったんじゃないのか?」
「お察しがいいなご婦人、特に貴方のような可憐で聡明な人間を、ヴァルハラは奴隷に持ちたがる。言っておくが、奴隷にされた人たちは行くあてがないから奴隷やっているんじゃないぞ。みんなスキル『隷属の血盟』の餌食にされているだけだ」
隷属の血盟か、世の中、たいそうなスキルを持っている人間もいるものだ。
「ちなみに、貴方はどうやってスキルから逃れられたんだ?」
「……それを教える訳にはいかない、と話が脱線してるな。もし、ご婦人が人手を集めたいと思っているのなら、あの宿屋は見当違いだ。それだけ伝えておこう」
「了解した、色々教えて頂き感謝するリカルド」
リカルドに握手を求めると、彼は素直に応じる。
「ご婦人、もし宜しければお名前をお聞かせ願えないか」
「ヨウコという」
「ヨウコか、もしまた会うことがあれば、その時も良くしてやってくれ」
と言うと、リカルドは麦畑の中に消えて行った。
最後の台詞に加え、あの態度、リカルドもまたヨウコの美貌に悩殺されたようだな。
自分で自分が恐ろしい。
「ヨウコ殿、これからどういたしますですか?」
「一度王都に帰ろう、それで私の方からここのことは王家に報告しておく」
それが、僕が最終的に下した判断だった。
ヴァルハラも放っておくに放っておけない事案だと思うけど。
王都はいま満身創痍だ、リカルドの言う通りうかつに関わらない方がいい。
その日、僕たち三人は素直に帰路についた。
「ではなジュード、それからゲヒムも、今日は助かった」
太陽が水平線に掛かる頃に、王都の中央広場に着いて、二人と別れようとしたら。
「ヨウコさん! 今度はいつ会えますか!?」
ジュードが次の機会を前のめりに聞いて来る。
「うーん、私も多忙な身でな。今は王室に仕えている関係上、そうすぐにとは」
「そうなんですね……」
「ジュード、私に会いたかったら、弟のこと考えてやってくれるか」
「それとこれとは話が違くないっすか?」
「タケルは腐っても私の可愛い弟だ、その弟が嫌厭されると私まで悲しくなる」
ヨウコ、ありがとう。
僕のために、こうまで言ってくれる姉に今は感謝を(自作自演)。
「うーん、わかりました、俺、タケルのこと好きになるよう努めます」
「ありがとう」
「その代りキスしてください!!」
ジュードの酷い我欲にあてられた僕は、無意識に彼を殴打していた。
「ああ! ジュードがまた調子のって瀕死状態に!? 誰か助けて―!」
「では私はこれで」
人ごみに紛れ、キャラクリを起動させて竹葉タケルの姿に戻ると。
「お兄ちゃん、今日は仕事サボって何やってたの?」
「アオイか」
炊き出ししていたアオイに見つかる。
「アオイか。じゃなーい、今日の炊き出しの準備、私がやったんだからね」
「それは、ありがとう――はぁ」
「クソでかため息」
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