第49話 農村の宿屋、だお

「なあ、タケルってアオイちゃんとの二人兄妹じゃなかったのかよ」

「それがしも分かりませんが、見た覚えがありますです」


 私、竹葉ヨウコはジュードとゲヒムを連れて例の奴隷市場の入り口に向かっている。二人には名目上、ある施設の視察とうたっているが、行く先が危険な場所であることを伝えると是非ついて行くと申し込まれたんだ。


 王都から伸びる西街道を進むと、戦災の跡がじょじょになくなっていった。


「見たって?」

「タケル殿の日記のような代物に、拝啓姉さんと書かれたページがありましたです」


 ホワッツ!? 僕の日記を見たのかよ!? これだからげっ歯類は。


 目的地は王都から西へ向かうこと十キロ先の宿屋を装った施設だ。


 施設に辿り着くまでのあいだ、彼には聞きたいことがあった。


「そう言えば、弟が泣いていたことがあってな」

「は? はぁ、そうですか」

「どうしてジュードは僕に冷たく当たるんだ、って悲しんでいたよ。余り弟をいじめないでくれないか?」


 そう言うと、ジュードは苦笑いを浮かべる。


 そして彼のスキルで小型の爆弾を生成し、憂さ晴らしのように投げて爆破させていた。


「別に俺は、タケルにはいじめられても、いじめた記憶はねーし」

「一ついいかな?」

「なんすか」

「例え今の反論が真実だったとしても、流れるように爆弾を爆発させた心理は何かな?」


 ジュードは切れやすい若者みたいだなぁ。

 よく言えば好戦的で、悪く言えば血の気が荒すぎる。


「今から向かう場所は、聞いた話だと奴隷市場の入り口と呼ばれているらしい」


 だから、うかつな真似はしないでくれ。


「ヨウコさんはなんでそんな場所に行くんすか?」

「先ほども言ったように、視察だよ」

「……ヨウコさん、俺ちょっと、気付いちゃったんですけど」


 ジュードがそう言い、僕は汗を掻き始める。

 まさか、正体がバレてしまったのだろうか。


「ヨウコさんって、SMが似合いそうっすね」


 馬鹿やろうが! ちょっと焦ってしまった僕の心労を返せ。


「ほざけ」


 得意気な顔で返答すると、施設に向かうまでの道中、ジュードは自分のM気質をアピールしまくっていた。


 ◇ ◇ ◇


「……あそこだな」


 一見は農村の中にある宿屋。


 辺りは麦畑で、こがね色した穂波が美しい原風景とも呼べる場所だ。


 農村だからか、宿屋の風体は他の家よりも一際立派だった。


「ゲヒム、君に偵察を頼んでもいいかな?」

「そうだな、ゲヒムは一見人畜無害なネズミだし」

「……大丈夫でしょうか」


 ゲヒムは一度頼み込まれたらノーと言えない性格で。

 僕やジュードにうながされ、宿屋の中を様子見にしに行った。


「ステータスウィンドウ」


 僕はすかさずステータスウィンドウでマップを確認し、中に敵対勢力がいないのを確認する。


「……ヨウコさんも、それ、持ってるんですね」

「まあな、これは弟のスキルだし、サタナに来た時に説明がてら貰った」

「ちなみに、ヨウコさん自身のスキルはなんすか?」

「……」


 やばい、さすがにそこまで設定を煮詰めてないぞ。


「私のスキルは魔王に奪われてしまった」


 しかしとっさの機転を利かせ、なんとか言い訳する。


「――うう!」


 そしたらジュードは涙を流し始めた。


「なんで君が泣くんだ?」


「なんでって、ヨウコさんとは同じ勇者の立場だし、スキルは勇者の唯一の武器じゃないっすか。ぶっちゃけ、この世界でスキルを失った勇者は本当にろくでもない顛末だし。だから、っ俺!」


 ――俺が責任を取ります!


 ジュードのアプローチは本当に強引だし、僕から見たらD〇Nだぞ。


 髪色もオレンジと派手めだし、吊り上がった眉毛や三白眼の強面もそう映る。


「駄目っすか!?」

「し、その返答はまた後日、今はあの施設を暴くことが先決だ」


「偵察して来ましたです、中は普通のさびれた宿屋でしたです」


 ゲヒムはスキルを使って、いつの間にかジュードの肩に戻っていた。

 彼の能力は聞かされているとは言え、自分と何を交換しているかは知らない。


「ヨウコさん、どうします?」

「……」


 考えられるのは、ハリーの言う通り、この宿屋は入り口にしか過ぎない。ということで、宿屋にいる人間は誰も、奴隷市場の紹介所の役目を果たしていることを知らないんじゃないか?


「もし、そこのお三方」


 宿屋の正体について考察していると、後ろから声を掛けられた。


「……君たちはどこから来た?」

「私たちはここから東に行った先にある王都で暮らしているものだ」

「ああ、最近魔王の襲撃に遭って壊滅したっていう例の都か、それで、ここには何の用だ」


 声の主は見るからに戦士だった。太陽によって焼かれた肌の下には、筋骨隆々としたたくましい鋼の肉体があって、装備としては麻で出来た灰色のノースリーブのシャツとズボンと言った軽装だった。


「人手が足りないんだ、王都を復興するにあたっての人材を探している」

「なるほどな……」


 答えると、彼は下をうつむき、顎に手をやって考え始めた。


「ちなみに、あんたたちの強さは? どのくらい強い?」

「俺たちは勇者だからなぁ、ちょー強いぜ」


 自慢気に言うジュードを手で制止して、僕は彼に聞き返した。


「こちらが質問ばかりされるのは頂けないな、そっちの目的はなんだ」

「これは失礼した、俺の名はリカルド、あるレジスタンスに所属している」


 レジスタンス――つまりは何かしらの勢力に反抗する組織のことだと思うけど。


「つまりリカルドは、あの宿屋の正体を知っている?」


「そうだな、知ってる。あの宿屋に時々訪れる馬車に乗ると、たちまちヴァルハラの奴隷にされるってことぐらいはな」

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