第51話 意識し始めたお

 あれから三日が過ぎた。


 その日も僕はアオイやアンディ、ウルルと一緒に中央広場で炊き出しを行い。


「おーい、大将」

「親方、どうも」


 炊き出しの常連となった親方と遭遇する。


「……大将、例の話はどうなったんだ? 王都の復興のための資材集めと、人手集めの話はよ」

「資材集めの方は何とかなりそうなんですが、人手は探すのに苦労してまして」


「ま、いいんだよ大将。そうでなくともお前さんは毎日の炊き出しで忙しいんだろうしよ。お前さんはまだ若いし、時には大見得きりたくなる時もあるだろうさ」


 親方は、明らかにモチベーションが下がっている。

 当初こそ僕の復興話に乗り気だったけど、今は仕方ない現実にうつむいているようだった。


 親方が希望している頭数は千人、やってやれなくはない数字だと思う。

 何せ魔王討伐隊に所属していた人数は、その百倍なのだから。


 異世界サタナの人間は目的や志さえ合えば、協力し合えるはずだ。


「すみません、僕には人望がないみたいで」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ大将、お前さんは立派だよ」


 本当に、そうなのだろうか?


 ◇ ◇ ◇


 夜遅く、炊き出しを終えて家に帰ると明かりがついていた。

 鍵は閉めてあったから、じゃっかん緊張した面持ちで玄関をくぐる。


「お帰りなさい」


 そこには白磁のティーカップをすすっていたモニカが居た。


「……た、ただいま?」

「ここはタケルの家です、かしこまる必要はないと思いますよ」

「王女さまちぃーす」


 アオイがまた彼女に舐めた口きいている。


「ごきげんようアオイ様」


 モニカは何の用で今日はやって来たのだろう?


「今宵は何用でしょうか、モニカ様」

「……タケルは、最近人を募っているようですね。崩壊した王都を復興させるための人手でしたか」


「ええ、ですが僕には人望が足りないみたいで、早々集まりません」


「労働力が欲しいのなら、ヴァルハラから買い付けてはいかがでしょうか?」


 ヴァルハラは、三日前に知った奴隷国家だ。

 リカルドからうかつに関わるなと忠告された手前、そんな発想はなかった。


「僕はある御仁から、ヴァルハラは危険な国だと聞いておりますが」

「一体誰からそのような世迷言を?」


 リカルドの名前を、彼女の前で出すわけにもいかないか。


「遠い知り合いですよ、魔王討伐隊の」

「……」


 ――嘘。


「そう言えばタケルは知りませんでしたね、私は他人の嘘には敏感でして」

「嘘を吐いたことは謝罪しますが、貴方にその人の名前は教えられない」


 本当にモニカは僕の奥さんなのだろうか。


 夫である僕はモニカを危険視し、嘘を吐いて。


 妻であるはずのモニカは、僕以外の男の子供をお腹に宿している。


 僕たちの関係性は仮面夫婦を通り越して、赤の他人。


 結婚とは、単なる名ばかりの肩書でしかないのは確かだった。


「何人ぐらい、必要なのです?」

「千人ぐらいですね、出来るだけ自国の人間を雇用したいと考えています」


 モニカに目標としている人手の数を伝えると、彼女は無表情で答えた。


「そのくらいの人手でしたら、王家の権力を使えばすぐに集められますよ」

「王家の権力、と言われましても、崩壊しかけている国に力なんてあるのでしょうか」

「私は今でも王家の名は廃れてないと考えております」

「なら、千人の労働者を僕の前に連れて来てくださいよ、お金はこっちで用意します」


 時間が経つにつれ、人を集めることの難しさを知り、思い返すのだ。


 そう言えば僕って、元々どうしようもないコミュ障あがりの陰キャだったなって。今さら変えられない事実だとしても、現状を打開できないもどかしさはストレスだった。


 そして、モニカに怒りをぶつけるように会話した翌日――


「お兄ちゃん! なんか家の前にむさい野郎どもがGのように湧き出たよ!?」


 アオイが突如としてやって来た労働者候補をG呼ばわりしていた。


「俺たち、ここで働けば今の給料の倍は貰えるって言われたんだけどな?」

「すまねぇ旦那、半分でもいいから、給料を前借できねぇか?」


 モニカ、彼女が言っていたことはどうやら本当だったようだ。

 王都は壊滅的な打撃を受けたとはいえ、王家の権力はいまだ健在で。


「――見ろ! あれはもしかしてモニカ様じゃないか!?」

「本当だ、あのお方はモニカ様だ!」


 モニカは、王家の中でも他の追随を許さない有力者。

 彼女は僕の家の三階の窓から、集まった労働者に手を振っていた。


「アオイ、ちょっとこの人たちをここで引き留めておいてくれ」

「えぇ!?」


 僕は一階から家の階段を駆け上がり、モニカの下に向かった。


「……借りが出来ちゃいましたね」


「そうでしょうか? 今回の件はタケルだけの問題ではありませんので、気にする必要はないかと……それに、私と貴方の関係は伴侶ではありませんか。タケルの悩みは私の悩みでもあると思います」


 この時になって僕はようやく、彼女を意識するようになった。

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