第70話 大迷路だお

 翌日、朝早くから街は喧噪を見せ始めた。


 早朝から街に繰り出していたライザやイヤップの話によると、今日は昨日耳にした祭りが開催されるらしい。暗黒街の中には多種多様な人が押し寄せ、ここぞとばかりに商売をし始める。


 その準備のため、街は朝早くから賑わいを見せているのだという。


 宿泊している宿の二階から軒先をふかんで覗うと、子供たちが道を駆けまわっていた。


「私はこの世界の祭りがどんなものか気になるから見物しに行くが、タケルはどうする?」

「僕も行こうかな」


 部屋の中にはライザと僕の二人だけしかいなかった。


 アオイであれば珍しく朝早くからザハドを連れて街に出向いたというし。


 ケヘランはミレーヌと一緒にまた露店に向かい。


 イヤップはウルルと交友を深めるために一緒に出掛けていた。


「じゃあ、私は宿の入り口で待っているぞ」

「んぉ、了解」


 ライザが一階へと消えるのを目の端でとらえつつ、寝ぐせを直して水で洗顔する。

 歯磨きも歯肉を傷めないよう歯ブラシをいれ、口のヘルスケアも怠らない。


「さて、準備出来たし、行くか」


 して、宿の一階に向かうと、ライザの隣にはケイトがいるようだった。


「もしかしてケイトですか? 今日はどうしたんです?」

「お早うタケル、今日はケヘランと一緒に祭りを楽しもうと思ったのだが、どうやら不在しているようだな」


 ああー、それはニアミスだった。


「まあいい、ケヘランの代わりにお前たちに祭りを案内しようじゃないか」

「それは嬉しいお話ですね、ライザさえ良ければそうしちゃっていいかな?」


 ライザは答えるまでもないといい、ケイトの同行に賛同した。

 宿屋の入り口を出て、街路に差し掛かると青い空がのぞけている。


「今日はいい天気ですね、天候に恵まれた祭りは最高だ」

「然様だな、多くの民はこの日を迎えるために生きているのだから」


 ケイトに言われるよう街を行く民人の顔を見ると、みんないい顔している。

 ライザは彼らの笑顔を見詰めて、釣られるよう悠然と笑んでいた。


 そんな僕ら三人の雰囲気を、ぶっ壊す悪魔的妹がいた。


「よいしょー! そこ行くお兄ちゃん! 私の店の商品ぜひ見て行ってよ、ねぇ!?」


 アオイは行商人に混じってさっそく商売を始めている。


「アオイ、サタナに来てからのお前の言動はそうとう問題だと思うぞ」

「なんで? それよりも、さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい」


 妹はご丁寧に白いハリセンまで用意して周囲の関心を引こうとしていた。


「ここに出たわ摩訶不思議で世にも奇妙な、あ、からくり細工。試しにライザさん、このからくり細工に触れてみなはれ」


 そう言うと、アオイはライザの手を強引に引っ張り、精巧なドーム状のミニチュア細工に触れさせる。するとライザは姿をこつぜんと消したのだ。


「……アオイ、お前の新しいスキルの力か?」

「ご明察、これの名前は『勇者の揺り籠』と言って、まぁお兄ちゃんも触れてみてよ」

「他人にものを頼むのなら、それなりの代価を提示するんだお」


 お前の態度は少なくとも他人に何かを頼むものじゃない。

 と厳しい意見をつらねると、アオイはへこんだ。


「タケル殿、アオイは貴方のために徹夜してこれを作ったのです」

「いいのザハド、フォローはいいの、私は、いっしょう、けんめい頑張った」


 くそ、アオイの奴、嘘泣きし始めやがった。

 これやられると、後々面倒な事態になることが多かったんだよな……はぁ。


 致し方なし――南無三!!


「タケル、ここはどこだろうか」


 ミニチュア細工に触れると、消えたはずのライザが目の前にいた。

 確認するまでもなかったライザの無事を確かめ、辺りを見回した。


 そこは天井三メートルほどで、壁はレンガ仕立ての迷宮染みた場所だ。


 ちらほらと子供の嬌声だったり、成人の歓声みたいな声が聞こえる。


「……もしかして、ここは」


 アオイが作った大迷路、だったりするのか?

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