第28話 討伐隊が瓦解したお

 目の前に、静謐な雰囲気をかもしだす、黒い毛並みの狐顔の獣人が立っていた。


 魔王リィダ……今見せている姿が、魔王の本当の姿かどうか、定かじゃない。


 どうやら彼は周囲をあざむく、魔法かスキルを持っている様子だから。


「魔王リィダぁ! その首、俺が貰ったぁ!」


 と、血の気の多いハリーが一番に襲い掛かると。


「無駄なことを」


 魔王リィダはその一言と共に、僕らの動きを一瞬にして止めてみせる。

 僕であれば、一瞬鼓動が止まったように感じたし。


 ハリーは中空から狙っていた兜割りを止められ、地面に落ちていた。


「……タケル、と言ったね。それで、ヒュウエルは今も生きてるのかな?」

「答える義務はないです」

「そうか」


 次第に、周囲も魔王リィダの存在に気づき始めたようだ。


 とうとつの魔王の侵入に、兵は怒号を上げ、魔王を囲むように集い始めた。


「魔王リィダ、まさか我が討伐隊の副総に成りすましているとは夢にも思わなんだ」


 兵の中から、立派な銀色の鎧を着けた魔王リィダにこう話しかけていた。


「そう言う貴方は居丈高な総司令殿ではありませんか、私は常々思っていたよ、君の配下はなんてかわいそうなんだと」


「ぬかせ」


 瞬間――ギィン! 剣戟が響き渡る。


 魔王リィダと、総司令の彼が戦闘を始めたのだ。


「勇者ともあろう奴が、魔に落ちるとは何事か!」

「そのいわれは百年遅い。今さら指摘されることじゃないな」


 二人の戦いに、僕の目は追いつかなかった。

 おかしい、アオイの力で僕のステータスも魔改造してあるはずなのに。


 まさか、野営地のここでも、例のスキル封じの効果が発揮しているのか?


 すると――ッッッ! 大きな衝撃音が鳴ると、総司令は吹き飛ばされていた。


「魔王討伐隊の諸君、長らくの間ご苦労であった、諸君は今より――我に下れ」


 リィダはそう唱えると、中空に浮きあがり、右手に黒い宝珠のようなものを掲げた。


 黒い宝珠は鈍く光ると一瞬にして討伐隊の野営地を霧でおおう。


「いかん! 全軍散会せよ!」

「もう遅いんだよ!」


 一体何が起こったんだ。


 魔王リィダが消えると、次に出現したのは大勢のモンスターの群れだ。


「我が討伐隊が……くそう!」


 総司令の彼がその場で地面に両手をつくと、モンスターの一匹が彼目掛けて槍を放つ。


「状況が呑み込めないけど、急に動かなくなるのは頂けないわね総司令」


 槍先が届く前に、エレンがそのモンスターを屠る。


「おうタケル! 腰抜かした勇者を集めてこっち来な!」


 ハリーは総司令を中心に、残った戦力を集めるつもりだ。

 他の討伐隊メンバーも、近場のモンスターと対峙し総司令を中心に戦線を展開し始めた。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ、大方片付いたかしら?」

「……どうして唐突にモンスターの群れが」


 モンスターの群れによる襲撃が収まると、リンはみんなが思っていた疑問を口にした。


「魔王リィダが、抵抗力の弱い人間をモンスターに変えたのだ。リィダが魔王の地位についたのも、あの宝珠の力あってこそと言えるやも知れないな。あの宝珠にはそういった力がある」


 疑問には、総司令の彼が答えてくれた。


 人間を魔物に変える力か、僕が魔物になってしまったら……想像しただけで恐ろしいよ。


「生き残った者の中で少将の階級にあるものは速やかに事後処理を指示しろ、中将たちは私と共に司令部のテントに参れ」


 リィダの襲撃で、討伐隊は壊滅状態になってしまった。


 それで、僕たちはどうすればいいんだろう。


「そこの! ぼさっとしてないでモンスターの死体を片付けておけ!」


 先ほど指示を受けた少将は、僕にそう命じる。


 僕は言われるがまま、一兵に混じってモンスターとなった元討伐隊の死体を処理した。


 次第に野営地の空は茜色掛かって来る。


 その頃合いに、僕の耳にメールの受信音が鳴った。


『タケル、どこに居るの? 総司令が呼んでるわよ』


 ステータスウィンドウを開いて、エレンからのメッセージを確認し。

 他の人に聞いて、総司令が待っている司令部のテントへと向かった。


「失礼します、竹葉タケルです」


 司令部の大きなテントの中には、木の長机と椅子が、毛皮の絨毯の上に林立していた。最奥に総司令が腰掛け、その周りには討伐隊の中でも格上の存在が同席するよう並んで座っている。


「急にお呼びたてして申し訳ないなタケル殿、さきほどは助けられた、ありがとう」

「いえ、僕は何もしてません」


 本当に。

 初めてに近い戦闘で、僕はうろたえながら総司令の周りをうろちょろしていただけだ。


「タケル、総司令は貴方のスキルに用があるらしいわよ?」


 先ほどの戦闘で活躍していたからか、エレンやハリーは作戦会議のメンツとして居座っているようだった。


「タケル殿のスキルの能力はおおよそエレンたちから聞かされている、是非、私にもスキルを付与して頂けないか」


 と総司令に言われ、僕は失礼して彼の額に指先をあて、ステータスウィンドウを付与する。他の将兵にも与えて欲しいとのことだったので、僕は考えもなしに付与し続けた。


「では皆の者、ステータスウィンドウを開いて頂きたい。勇者スキルはアークの上では使えないから注意しろよ。先ず……タケル殿、地図を開くにはどうすればいいのだ?」


「画面上部にあるタブ項目に触れてください、タブというのは本に挟むような栞みたいなもので、これですね。すると画面が切り替わります。この地図は異世界サタナであればどこだろうと詳細が知れます。皆さん、人差し指と親指で地図に触れてみてください。すると僅かにですが地図が上下左右に動くと思います――」


 それから僕は自分のお店の営業で培った、ステータスウィンドウのハウトゥーを流れる湯水のごとく将兵たちに説明しきった。最後の文句としては「わからないことがあればお気兼ねなくご質問ください」である。


「おお、これは便利だ」


「凄い、特級の中でも解読不可能だと言われていたアークのダンジョンの詳細がこんな簡単に知れることが出来るなんて」


 司令部のテントに集った将兵たちに、僕のスキルは褒められる。


 まるで我がことのように、彼らの褒め言葉に嬉しくなってしまった。

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