第29話 僕の一部だお

「タケル殿に折り入って頼みたいことがある」


 ステータスウィンドウの説明を終えると。

 銀色の甲冑をまとった総司令に頭をさげられ、僕は委縮する。


「どうか、他の兵たちにもステータスウィンドウを付与してやって欲しいのだ」

「ああ? タケルのスキルは安売りするような代物じゃないんだぜ?」


 ハリーは自分が手に入れた経緯が苦節としていたからか、こう言ってくれる。


 ぶっちゃけて言えば、彼の言う通り安売りしたくない。


「今回の大作戦が成功した暁には、私の方から王室に褒賞を取らせるよう伝えておく」


「大作戦? それって一体どんな」

「タケルは知らなくていいの、いえ、知らない方がいい」


 大作戦とやらが気になって尋ねると、エレンが瞬時に返答した。


 けど、発言主が発言主だしな、余り信用できないというか。


「ハリー、タケルを連れてステータスウィンドウを付与して回ってちょうだい」

「あ? そこで俺かよ? ヒュウエルに振られた後だからって自棄になるなよ」


 馬鹿野郎、今のエレンにヒュウエルの話は禁句だろうて。


 焦った僕はハリーの背中を押して、一目散に退室した。


「チ、どいつもこいつも他人を見掛けで判断する、クソ野郎ばかりだな」

「ハリー、事情はわかりませんが、ここは言う通りにしておこう」

「タケル、お前もお前でその犠牲者精神、どうにかしろよ」


 そう言われると、身もふたもない。


 それからと言うもの、僕は生き残った兵にステータスウィンドウを付与し、使い方をレクチャーするための講座を大勢を前にして開いた。ステータスウィンドウを貰った兵たちはいつの日か見たハリーのように、ひゃっほーい! と喜びの声をあげる。


「そんなに嬉しいものなんですか?」

「ええ、だってこれって勇者スキルじゃないですか」

「まぁ、一応そうですけど」


 けど、戦力になるかと言われれば、断言できないだろう。


「まるで生まれ変わった気分ですよ、ありがとう」


 しかし僕はみんなから深く感謝された。

 そうまで言われて、嬉しくないわけがなかった。


 一日に最低でも、二百人に付与し続けたかな。


 討伐隊の生き残りがおおよそ五万だと言うから、全員に付与しきるのは当分先だった。


 その間、僕は一切、魔王の戦場に出ることはなくて。


 魔王の戦場の外の森、つまりはアークの効力の外側にたまにやって来るモブを他の勇者と狩る。


「なんで俺たち、こんな地味な作業してるんだろうな」


 と、僕と同時期に討伐隊に加わったジュードは呆れ口調で言う。


「仕方ないですよ、我々は他に比べてゴミなのですです」


 ジュードに答えたのは、鼻声気質の獣人、ゲヒムだ。

 彼は小型のげっ歯類を前身とした獣人で、体格が小さく、すばしっこい。


 彼曰く、サタナに召喚された当時の聖女の受けはよかったらしい。


 まあ一見は可愛い小動物だしな。


「でもタケルは違うんだろ? 俺らと違って大物気取りだ」

「腐らないことですよジュード、そのうち我々もタケル殿に追いつくことでしょう」


 同期の勇者の目が痛い。


「じゃあ、僕はそろそろ時間だから戻るよ」

「……チ」


 他の勇者に持ち場を託し、今日も今日とて討伐隊にステータスウィンドウを与える時間になった。


「皆さん、こんにちは、本日は宜しくお願いします」


 司令部のテントよりも大きな食堂テントの中で、百人規模の一個中隊が敬礼している。


「どうぞ、ご着席ください」


 そう言うと統率感の低い兵たちは、ガタガタと乱雑に椅子を引いて座る。


「それでは、これより皆さんにステータスウィンドウを付与します。ステータスウィンドウとは何か? それは様々な便利機能を持った勇者スキルの一つです。そう、皆さんも今日から勇者スキルを持つようになるのです」


 僕の口から出た決まり文句に、集った兵たちは心なしか歓声をあげる。


 僕は、自分のスキルをもう屑スキルとは口にしないことにしていた。


 ステータスウィンドウは僕が異世界サタナにやって来ると共に生まれ育った、僕の一部だ。


 自分で自分を皮肉るのは、あまりいいことじゃないしね。


「では先頭の人たちから順に付与しますので、他の皆さんは額を出してお待ちください」


 それに。


「――ステータスウィンドウ付与」

「……ありがとう御座います」


 それに、他人から感謝されているステータスウィンドウを、屑呼ばわりするのはお門違いだ。

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