第57話 閃光立つ、だお

 魔王リィダとヒュウエルの決闘は、中央広場にいた誰しもが手を出せずにいた。


「ゥオッ!!」


 ヒュウエルは気合いと共に剣を繰り出し、疲弊していた魔王リィダに致命傷を与えるのだが――リィダはヒュウエルから奪った不死のスキルによって何度でも蘇えっていた。


「く、このまま指をくわえて見ていろと言うのか」

「兄さん」


 決闘を見守っていたライザやイヤップは、傷つけられる兄に何かしら思う所があるみたいだ。ライザであればリィダが致命傷を負うたびに、傷心と安堵をくりかえし、自身もまた傷ついているみたいだ。


「……ライザ、僕に提案がある」

「聞こう、その相手が何よりタケル、お前だからだ」


 この光景は、僕たちが先ほど目にしていた光景だ。


 ホワイトファングドラゴンも、不死の恩恵を受けていたはずだ。


 けど、僕たちはその呪いを、僕が手にしている剣で解放してあげた。


「もしかしたら、この剣に勇者の血を吸わせて、傷を負わせれば」

「リィダの勇者としての能力は消えるかもしれない、そう言いたいんだな」


 そうだお。

 ただ、その場合、ライザやイヤップに待っているのは過酷な未来だ。


 ライザは追われる形で、二度と王都に戻ってこない。

 例え王都が今回の襲撃による甚大な被害から復興したとしても、半永久的に。


 僕の脳裏には、なぜかそのヴィジョンが映っている気がするのだ。


「屑様、なんなら俺も戦うぜ」

「アンディ? 安全な場所に隠れてなきゃ駄目だろ」


 言い難い不安を胸中によぎらせていると、足元にアンディが居た。

 ライザはイヤップさんに言って、彼を避難させようとしたのだけれど。


「駄目だ」

「――っ! この子、本当に転移スキル持ちだったのね」


 アンディはイヤップさんの手から転移スキルを使って逃げて。


「し、それは他の連中にバレたくない……今だから言うけど、俺の本当の父親はあの人なんだ」


 今も熾烈な戦いを繰り広げているヒュウエルを指で差していた。

 アンディの実の父親が、ヒュウエル……?


「全然似てないですお」

「嘘じゃねーよ、だからあんたは屑なんだよ、やめろその顔」

「(´ー`)」


 と、とにかく! 僕の作戦は受け入れてくれるのか?


「タケル、私の血を使ってくれ」

「ライザの?」

「リィダは私とイヤップの兄だ、血縁が起こした不祥事に、何もしないわけにはいかない」


 ライザが持ち前の義務感を口にすると、エレンは嘆息を吐いていた。


「ヒュウエルにも言えることだけど、あんたたち、気にし過ぎなのよ。もっとアバウトに生きたら? 総じて重い、暗い、ナンセンスね」


 今のヒュウエルが聞いたら、笑うか、それとも怒るかのどっちかだな。


「じゃあライザ、悪いけどちょっと血を吸わせてもらうよ」

「ああ、やってくれ」


 はーい、ちょ、っとチクっとしますよー。

 気分はまるで献血を担当する看護師みたいだ。


 不可視の剣を鞘から抜き、切っ先をライザの腕に刺す。


「っ」


 僕の剣を刺されたライザは、わずかに身震いを起こしていた。

 不可視の剣は切っ先からライザの血を吸い上げていく。


「ヨシ、こんなもんでどうだろう?」

「それだけで足りるのか? 私なら平気だタケル」

「十分だよライザ……問題はあの二人の間にどう割って入ろうかな」


 そこで再度、ヒュウエルとリィダの死闘に目をやると、手元が軽くなった。

 何だろう? と思い、手を確認したら……ライザの血を吸った不可視の剣が、ない。


「タケル、いい恰好したい所で悪いけど、私にやらせてね」

「エレン、でも」

「あんたは! 大人しく家で待機、でないと大怪我しそうだしね」


 僕は貴方の犬か何かですか?


「リン、アリー、クレア、タケルとライザを押さえておいてくれる?」


 エレンが言うと、三人は僕の前に立ちふさがった。


「今回ばかりは、大人しくしていてください」

 と、普段から気の優しい回復役のクレアさんは言い。

「あとで美味しいもの食わせてあげるからさ」

 味の覇王の異名を持つ勇者を旦那にもつアリーは、食で僕を懐柔しようとする。


「じゃね」


 二人の制止を受けていると、エレンは颯爽と中空に舞った。


「さて、この後はどうしようかしらね」

「エレンさん、俺に秘策があるんだ」

「はぁ? この声はアンディね、どこにいるの?」

「今、魔法を使ってエレンさんの頭に直接話し掛けてる。俺の秘策っていうのは屑様が常用していた奴なんだけど――」


 どうしよう、急にやることなくなったし。

 アンディの姿も見えなくなった、その代り。


「おう、誰かと思えば屑勇者のタケルじゃねーか」

「ジュード、その呼び方はやめてくれないか、おおん!?」


 ジュードが、僕の目の前にやって来ていた。

 もはや彼は僕の悪友になりつつある、ウザ絡みがウザい奴だ。


「お兄ちゃん、とりあえずジュードくんにステータスウィンドウを差し上げて」


 ジュードの隣には王都で最強の勇者である、妹のアオイがいて。

 いつになく真剣な表情をしていたので、ため息を吐きつつジュードにスキルを使った。


「じゃあアオイちゃん、頼むわ」

「いっけぇええええええええ!」


 アオイはジュードのステータスウィンドウに触れ、ステータスを魔改造し始める。たしか、ジュードのスキルは自分の能力値に応じた爆弾を生成&爆破する能力で……二人が何をしようとしているのか気取り、急いで引き留めようとしたんだけど。


「おい、やめろ二人とも!!」

「加減ぐらい出来るっつーの!」


 ジュードは今まで見たこともない高性能爆弾を生成し、ドラゴン退治の時同様に。


「じゃあ行くぞゲヒム!」


 どこかに姿を隠しているであろう相棒のゲヒムに言い、爆弾を移動させると――

 遠方から、鼓膜をつんざくような大爆発が巻き起こる。


「……ヒュウエル、私と一緒に死のうというのか、あれは?」

「このやり口は、タケルだな」


 しかし、魔王リィダとヒュウエルの二人は平然と爆発によって出来たキノコ雲を見ていた。ヒュウエルは僕たちを見て、余計なことするなと言いたげに睨んでいる。リィダに至っては。


「嗚呼、だめだヒュウエル、あんなのを見せつけられては、死にたくなくなるよ」


 愉快気に、この世への未練を口にしている。

 しかし――二人の勝負が決したのは一瞬の出来事だった。


「っ――これは」

「……魔王リィダ、あんたに苦しめられた人間は、俺の父ばかりじゃない」

「俺の父? お前、そうか、お前は――ブッ!」


 誰の手によるものだったのか、魔王リィダはヒュウエルの目の前から姿を消し。

 どこに行ったかと思えば、エレンが待ち構えている王都の上空だった。


 それは、魔王が地に落とした血痕によってほとんどの人間が悟り。


「……ギ! ヒュウエル以外のカスが、私に触れるな!!」


 魔王リィダは、ライザの血を吸い取った勇者殺しの剣によって、腹部を貫かれていた。


「これで、世界は」


 リィダは勇者スキルを失い、不死じゃなくなった。

 しかし、リィダは最後の力を振り絞るように、対峙していたアンディに迫った。


「アンディ。ヒュウエルの息子、リザの忘れ形見ぃ」


 ――せめて、お前だけでも一緒に。


 魔王が、実の息子を黄泉の道連れにしようとする光景を、彼が見逃すはずもなく。


「やらせるはずねぇだろ!」

「ガヒァッ」


 ヒュウエルは立ち昇る閃光と共にリィダの身体を、――両断する。


 両断されたリィダの身体が、彼の血に続くように地に落ちると。


「心配するなリィダ、お前の行く所に、いつも俺は向かう……先に逝って待ってろ」


 眼下に崩れた旧知の魔王を看取り、ヒュウエルもまた、地に落ちるのだった。

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