第56話 形勢逆転だお
魔王リィダは、ヒュウエルから奇襲を仕掛けられたことに対し。
「失望した」
淡泊な様子で失意を伝えていた。
リィダの身の入ってない声音に、僕は若干いらだつ。
「閃光の勇者と謳われたお前が、奇襲による先手とは、卑劣極まりない」
「……ご託はいいんだよリィダ、お前は素直に死ね」
「失望しかないよ……そうだろヒュウエル、私が憧れていたお前はどこに行った!!」
次の瞬間、黒い獣の格好をしたリィダはヒュウエルに襲い掛かっていた。
円弧を描くようにヒュウエルに飛び掛かり、思い切りよく剣を打ち付ける。
「頼んだぞ、タケルッ!」
ヒュウエルはリィダの初太刀を真っ向から受け止め、剣戟を轟かすと。
リィダに付き従っているモンスターが、僕に襲い掛かった。
「おわわわわ!」
モンスターの襲撃の網目を、僕は紙一重でかわす。
昔からかわすことだけは上手かったものでして。
「おわ! はわ! とぅーす! アリダンス!」
などと、モンスターから逃げ惑っていると――
「ギャゥアッ!」
交戦しているモンスターのこめかみに、光る矢じりが突き刺さっていた。
「タケル! そっちは危険よ! 大人しくこっちに来なさい!」
「エレンですか!?」
エレンを始めとしたリンたちが、助っ人として駆けつけてくれたようだ。
「助かりましたっ」
「あんた、戦いに関しては素人なんだから、無茶しないで。にしても」
息を吐かし、体勢を崩しつつもエレンの下へ駆け込む。
安全圏を確保したあとは、ヒュウエルとリィダの戦いに目をやった。
「いいぞヒュウエル! 昔よりもやるようになったなッ!」
「うだうだ言ってねぇで本気で仕掛けて来いリィダ」
戦闘経験値、因縁、そして二人を取り巻く神々しい光景。
ヒュウエルの決闘は、他の誰かが手出しできるような感じじゃなかった。
美しく無駄のないヒュウエルの剣さばきは、時に虚をつくようにでたらめな挙動を見せる。
「ヒュウエルも老いたわね、昔の彼だったら、リィダなんて瞬殺よ」
エレンがそう評するなか、一方のリィダの剣筋は荒唐無稽な軌道を描いている。
ヒュウエルとは真逆の感じで、荒々しく、獣染みた剣さばきから繰り出される攻撃音は――ギィンと鈍く鳴り響き、彼の怨嗟を代弁しているように映る。
「者ども!! 王都に仇名す魔物の軍勢を的確に撃退せよ!! 勝利の栄冠は我が軍にある!!」
すると、総司令が魔王討伐隊の戦力を連れて王都に駆けつけたようだ。
少し離れた所から彼の怒号があがると、中央広場にも兵士が展開し始めた。
「……リィダ、お前に奪われた全てを、今ここで返してもらうぞ」
「ヒュウエル、私が奪ったのは全部、かつてお前から奪われたものに過ぎない……勇者としての栄光、富、名声、地位、そして私を連れて数々の武勲を上げた勝利の報酬は、全て、全て、元は私の手柄だ!」
形勢が僕たちに傾き始めると、二人は間合いをおいて、最期の言葉を交わしているようだった。ヒュウエルとリィダの関係性だったり、二人の間に何が遭ったのか、僕に知る手立てはない。
そんな二人の決闘を、止めることが出来るのは、やはり。
「リィダ! もう無駄な抵抗はしないでくれないか」
ライザ――僕の親友であり、リィダと血を分けた弟妹の彼だからこそ出来るのだろう。
「無駄な抵抗?」
「もうお前の敗北は決まったも同然ではないか」
「…………」
ライザの説得を受け、リィダの様子がとつぜん静かになった。
今まで禍々しい気配を帯びていた、彼をとりまく空気が変わったみたいだ。
その彼に、一筋の光が射し込んだ。
「……ライザ、それからイヤップに、言い残しておく」
――できるのなら、私の遺灰は故郷の土に返して欲しい。
「まぁもっとも、お前たちに私が討ち取れるのなら、という仮定話にしか過ぎないけどな――なぁ、ヒュウエル? お前から奪ったスキルは、今もなお私を苦しめ続けているぞ」
しかし、リィダはライザの説得を跳ねのけるように、ヒュウエルを睨んだ。
そしてまた並みならぬ殺気があふれると、ヒュウエルも神経を研ぎ澄ませる。
「そうだな、これを機に、王家も勇者召喚なんて馬鹿な真似は控えるようになるだろう。俺もお前も、この世界に召喚されたのがそもそもの間違いだったんだ……ここに居る連中の耳に入れておきたいことがある」
――自分の尻ぐらい、テメエで拭け。
「テメエら、王都の人間は勇者に何を期待してやがる。勇者なんて名ばかりの、犠牲者にしか過ぎないぞ。お前らは俺たちの犠牲の上に安寧を敷いて、紅茶を啜っているクソ野郎どもだ」
ヒュウエルの言葉に、魔王リィダは共感するように猛々しく笑っていた。
「いいねヒュウエル、次の魔王はお前で決定だ!」
魔王が哄笑している隙を突く形で、ヒュウエルはリィダに肉薄し。
「笑えないんだよ――ッッ!!」
光の斬撃を放っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます