第15話 勇者の資質を見せちゃったお

 魔王――王都の聖女、マージャ曰く、その人は元々勇者だったらしい。


 魔王と呼ばれる存在は太古より確認されていた。


 幾度となく滅び、不死鳥の如くまたその名を世界に轟かせ。


 異世界サタナは平穏と混乱の間を彷徨っている、とのこと。


「タケル様が狭義の勇者であれば、初めから説明差し上げたのですが」


 悪かったな、僕のスキルが屑で!


「ふぅ、何しろよかったぜ」

「ええ、今回はよくやりましたアンディ、後でお父さんに褒美を取らせるよう言っておきますね」

「やぁりー!」


 魔王はさっきの紳士のような傀儡の人間を使って、勇者を集めているようだ。

 さしもの魔王だとて、勇者が持つスキルは脅威なのだと判る。


 ……あの人から貰った金貨、どうしようかな。


 ◇ ◇ ◇


「いらっしゃい、おおタケルか」

「ヒュウエル、どういうことだお!?」

「またやぶからぼうに何だよ?」


 僕はヒュウエルに、先ほどの一件を説明した。


「……知らなかったんだ、すまない」


 ヒュウエルは謝罪するも、何かを隠している様子だった。


「まぁ、誰だって失敗の一つぐらいしますよね」

「ああ……今度からはもっと慎重になることにしよう」

「所でヒュウエル、王都にお菓子屋さんってありましたっけ?」

「あるっちゃあるが、何する気だ?」

「今回はアンディに助けられたので、お菓子でも買い与えようかと思って」


 そう言うと、ヒュウエルは立派な口髭の下からでもわかるよう微笑んだ。


「お菓子屋は王都の西通りの一角にある、ちょっと値が張るからな、俺も少し出してやるよ」

「ありがとうヒュウエル」

「もう行くのか? 今回はすまなかったな」

「いいんです、言ったでしょ、誰にだって失敗の一つはありますよ」


 そう、誰にだって失敗の一つや二つ、あるものなのだ。

 僕だって、思い出せば失敗した経験は数えきれないだろうし。


 ◇ ◇ ◇


 ヒュウエルに教えられたお菓子屋に向かうと、その金額に目を疑った。

 ヒュウエルの酒場で出される食事の、およそ四十倍の値段するのだが……。


 最低でも銀貨四十枚から、お菓子一つに吹っ掛け過ぎだ。


「あの、これ下さい。出来れば包んでもらって」

「はい、ありがとう御座います。銀貨六十枚になります」


 僕は仕方なく、さっきの紳士から頂いた金貨で会計をすませた。


「どうして王都なのに、お菓子の値段がこんなに高いんですか?」

「申し訳御座いません、商品に使われている原材料が入手困難でして」


 ふーん、砂糖とか、カカオのことかな?


 記憶の片隅に留めておくとして、お菓子を購入し、家に帰ると。


「うわぁあああああん」


 店内では子供たちが鳴き声をあげていた。

 日常茶飯事の光景とは言え、疲れるお。


「どうしたんだよ、今度は誰と誰が喧嘩したんだ?」

「屑様ぁ」


 すると一人が僕に泣きつくようズボンにしがみつく。


「どうした?」

「アンディが、さらわれちゃったの」


 え……?


「攫われたって、誰に」

「知らないおじさんたちに」


 その時、脳裏に先ほどの紳士の姿が浮かんだ。

 僕は即座に「ステータスウィンドウ」を開き、周辺のマップを確認する。


 すると敵対勢力を表示する四つの赤い点が、王都の南門の前で明滅していた。


「君たちは親にこのことを伝えて、僕は南門に向かう!!」


 発作的に店を飛び出し、南門へと全力疾走する。

 店から南門の距離はおよそ三キロ、アンディを攫った敵はどの程度南門に居るか謎だ。


「アンディを、どこへ、っ、っ、やった!?」


 息を切らせながらも、南門に辿り着くと、小太りな紳士はたったいま馬車で検問をくぐろうとしていた。向こうは僕の存在に気づかなかったのか、南門を抜けるように馬車馬を走らせる。


「くそ、待て!」


 その馬車を必死に追いかけたけど、距離がどんどん開いていく。


 僕の肺は今にでも破れそうだ、熱くて、凄く苦しくて。


 心臓が爆発しそうなほどの動悸を抱え、それでも足を動かした。


「待て、待て……っ!」


 ――そこでしばらくじっとしていろタケル。


「え?」


 すると、ステータスウィンドウに受信メッセージがポップアップで表示され。

 ――――ッ!


 背後から一陣の突風が通り過ぎていった。

 あれは、ヒュウエルだった。


 誰かがヒュウエルに伝えてくれたのか……?


「あ」


 マップを確認すると、ヒュウエルは難なく馬車に追いつき。

 敵対勢力を示す赤い点の明滅は、ほどなくして消滅していた。


 そのことを確認した僕は、馬車に恐る恐る近づくと。


「タケルか、アンディなら大丈夫だぞ」


 アンディはヒュウエルに抱きかかえられるようにして、眠っていた。


「魔法によって眠らされている、一応聖女に言って、治療させた方がいい」

「はぁ、はぁ、あ、ありがとうございます、ヒュウエル」

「気にするな、俺は自分の尻拭いをしただけだ」


 ヒュウエルから預かったアンディの体のぬくもりに、やけに感動した。

 何も出来なかったとはいえ、この子を救えたことに、安堵していたんだと思う。


 その後、アンディを抱きかかえ聖女マージャの下に向かい、事情を説明した。


 マージャは涙を零して、お礼を連ねると共に。


「今までの非礼をここにお詫び申し上げます、勇者タケル」

「いや、今回は僕じゃなく、ヒュウエルの力で助かったので」


「いえいえ、勇者とはその心の持ちようあってこその称号です。以前も少しお話したと思うのですが、現存する魔王も元は勇者でした。そこから私たちも学んだのです、召喚した者たちの何を以てして、勇者と言えるのかを」


 まぁ、そう言うのなら、僕はどちらかと言えば彼女たちにとっての勇者かもしれない。


「謙遜することはありませんよ、貴方は勇者の資質を証明したのですから」


 聖女の賛辞は気分のいいものだった。


 今日のことは生涯にわたって誇りだと思えるだろうし、自慢話になる。


 けど、清々しい気持ちとは裏腹に、僕は今までのやり取りから思ったことがある。


 聖女のマージャは、おだて上手なんだなぁと、しみじみと思った。





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