第16話 自我が崩壊しかけたお
アンディの誘拐未遂があって間もない頃。
「たっだいまー! 今日は良い日ねー、なんかこう、全てを許せるほど寛大になれそう」
「あ、お帰りなさいエレン」
特級ダンジョンに挑むと言って出て行った家主の冒険者であるエレンが帰って来た。
台詞と、表情からさっするに、ダンジョン攻略は上手くいったらしいな。
「……ねぇタケル? なんか店の見掛けが変わっちゃったみたいなんだけど?」
「ええ、ヒュウエルの知り合いの大工に改築してもらいました」
「それと、何でお店にいるのが、子供ばかりなの?」
ここはいつ育児施設になったの? と、エレンは首を傾げて聞く。
「それよりも、特級ダンジョンの攻略は上手くいったんですか?」
「あ、それね? もう完璧よ完璧。今回の功績を評価されて、私たち、三等級から一等級冒険者になれそうなのよ」
おお、飛び級とは、やりますねぇ。
「おめでとう御座います」
「ありがとう、タケルのステータスウィンドウは凄い役だったわ」
――キスしてあげる。
エレンは上機嫌にそう言い、僕は鼻の下が一瞬のびた。
「リンがね、私にはヒュウエルがいるから無理だけど」
「……して欲しい?」
「(´◉◞౪◟◉)」
して欲しいけど、素直になれないと思っていると、リンはずかずかと近づいて本当にキスしてくれた。
「私たちが特級を攻略出来たのは、本当に君のおかげだった」
キスって……こんなにも、快感なんだ……、鼻血が出そうだお。
「今日はヒュウエルのお店で祝賀会しましょう! ぼさっとしてないで行くわよタケル」
その日、エレンは関係者を集めて酒盛りを開いた。ヒュウエルの酒場を借りて、エレンとリン、彼女の元々の仲間であるアリーとクレアを筆頭に、お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎ。みたいな?
「アッフゥー! そうだタケル、貴方のスキルをアリーとクレア、それからイヤップにも付与してあげてね?」
「それはいいですけど、本当にエレンの奢りで支払うんですか?」
エレンは今日の酒盛りを全て賄うと豪語して。
その話に乗じた関係のない住民まで宴の席に参加している。
またとない稼ぎ時に、ヒュウエルは忙しそうにしつつもどこか嬉々としていた。
「何小さいこと気にしてるの! 私たちが特級で稼いだお金がどのくらいだと思ってるのあんた。ぶっちゃけ王都にある八つの地区のうち一つを買い占めることが出来るほどの大金なんだから!」
そ、そんなに!?
「タケル、紹介する。赤毛の方がアリーで、ブロンドがクレア、それから今回のダンジョン攻略で新しく仲間に迎えたイヤップ。彼女は見ての通り、獣人」
細身ながらもリンは気丈夫で、僕に三人のお仲間を紹介してくれた。
遠巻きに見てたんだけど、アリーの胸、でかいな。
「よろしく、タケルのスキルは冒険者と相性が凄くいいね」
「ありがとう御座います、ステータスウィンドウ付与」
クレアは神官職って奴なのか、ロールとしては回復役のような格好をしている。
足元まで伸びたローブに、杖を装備した、いかにも魔法世界の住人然としている。
「今後とも何卒よろしくお願いします」
「こちらこそ、ステータスウィンドウ付与」
そして今回のダンジョン攻略で仲間に迎えたというイヤップは、人見知りだった。
「……くれるのか?」
「その前にイヤップ」
「なに?」
「貴方の毛並みに触れてもいいですか?」
「……どうして?」
「貴方を見ていると、親友が懐かしくて、彼も獣人なんですよ」
そう言うとイヤップは持前の獣耳をぴこぴこと揺らし、不思議そうな瞳で僕の顔を眺めていた。
「まぁ気にしないでください、ステータスウィンドウ付与」
「いい加減にしろタケルぁ!!」
酒場の常連客の大男、ハリーは大音声をあげて態度を荒げていた。
「なんでこいつらにはスキルくれて、俺にはくれねぇえんだよぉ」
「彼女たちは家主の仲間ですから、一方の貴方は」
ハリー、実はこの男は僕とライザに決闘を吹っ掛けたうちの一人だ。
話に聞くと、決闘に負けたあと、相方は冒険者から足を洗い。
今は独りになって、余生を考え始めたという。
「はぁ、しょうがない。ハリーにもステータスウィンドウ付与、ほらあげましたよ」
「おぉぉぉぉ! よっしゃあああああ!」
次の瞬間、僕はハリーにステータスウィンドウをあげたことを深く後悔した。
ハリーは歓喜の余り、僕の唇を乱暴に奪い、吸いついたのだから。
「これで今日から俺もステータスウィンドウ持ちだ!! ひゃっほーい!!」
彼の蛮行によって、リンとしたキスの思い出が塗りつぶされたかのようだ。
ふざけんなし!
◇ ◇ ◇
酒盛りから明け、僕はいつものごとく店の冷たい地べたで起床した。
「屑様、お早う!」
「アンディ、大声出さないで」
「? なんで?」
疑問がるアンディに向けて僕は上階を指差し、知らしめた。
「今日は上に家主がいるんだ。いつもみたいに騒ぐと怒られるぞ。言っておくけど、彼女は冷血で、沸点が低い。感情的になるとすぐに剣を抜いちゃうような、鬼婆だから」
「ふーん、屑様も大変だな」
理解したんだかしてないんだか。
そしてまたいつもの日常に戻ったかのように、店は子供たちの憩いの場に様変わりする。僕は長旅から帰りたてのエレンたちに気遣うよう、静かにするよう注意していると――お店のドアベルが子気味いい感じに鳴る。
「いらっしゃい……?」
ドアベルを鳴らしたのは子供ではなく、冒険者の風貌をした四人組だった。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
「えっと、俺たち、昨日の酒盛りの席に居て、君のスキルの話を聞いてて興味を持ったんだ」
とは言われても、アンディが誘拐に巻き込まれた件もある。
話半分に聞いておくか。
「それでしたら、どうぞそこの席にお掛け、ってお前ら、さすがにお客さんが来た時ぐらい配慮してくれよ。ほら、お客さんが座れないだろ? 退いた退いた」
子供たちはまるで児戯にひたるように外に出て行き。
店先から中を窺っている。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとう、頂くよ」
「それで、僕のスキルに興味を持たれたとのことですが?」
「ああ、ステータスウィンドウだっけ? どういった代物になるんだい?」
「僕のスキルは所持者の能力を数値化、言語化して表示するものですね」
「例えば?」
大雑把にスキルの説明をするため、試しに僕は自分のステータスウィンドウを見せて上げた。
「こんな感じに、自分の能力を先ず数値化して、魔法も具体的な説明が表示されます」
「へぇ、便利そうだね?」
とは、彼らの建前だったと思う。
それを証拠に彼らの食いつきが悪いというか、表情がぱっとしない。
今回は没交渉になるかな? などと諦めかけていた時だった。
「タケルのスキルは今の説明だけじゃ不足してるわ」
家主のエレンが上階から降りて来て、来店した冒険者に説明をし始めた。
「例えばだけど、マップの項目を開くとどこに誰かいるか、どこにどんな物があるかおおよそで知らしてくれるし、ステータスウィンドウを持っている同士ならどんなに遠くにいても瞬時に連絡が取れるの」
うむうむ、それはエレンが出立した後にしった機能だな。
「あと、一度遭遇したことのあるモンスターの弱点やステータスを教えてくれたり」
……そうなの?
「一番便利なのが、持ち物を無限に収納できる機能かしらね」
え?
確かにステータスウィンドウには持ち物の項目があるけど、どうやって?
「エレン、持ち物の収納はどうやってやるの?」
「はぁ、あんた気付いてなかったのね。例えばこの銅の石を、ステータスウィンドウに触れさせると」
するとエレンが持っていた銅石はステータスウィンドウに飲み込まれた。
「そうすると持ち物の欄に銅の石があるから、それを押す」
所持物一覧の銅の石を押してみれば、ポップアップメニューが出て来る。
そこには『取り出し』の項目が存在してて、僕は驚きのあまり自我が崩壊しかけた。
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