第72話 精霊使い? だお

 頭上に巨大な空島がやって来て、暗黒街がその名を冠する真の姿を現すと。


 祭りに興じていた街の民衆は三々五々に屋内に散っていく。


 ケイトは僕の肩に手を置き、幽寂な表情で僕の目を見詰めていた。


「アレが現れた以上、我々も近くの料理店に入ってそこで少し話をしないか?」

「えぇいいですよ、アレが通り過ぎるのは何時間後ですか?」

「おおよそ一時間から二時間といったところだろう」


 まったく、日照権の侵害ですお。

 これじゃあ洗濯物がちゃんと乾いてくれないじゃないか。


 瞬間、僕は自分の想像力の欠如を思い知った。

 考えることのスケールの小ささよぇ。


 ケイトの案内で近くのレストランに入ると、ケヘランの怒声が耳に入って来る。


「なんであんたはそうなのよ!?」

「モンスター風情が偉ぶるなよ!? そうでなくてもお前はプライドが腐ってるんだよ」

「その台詞そっくりそのまま返すわよ!」


 なんだなんだ? ケヘランは昨日立ち寄ったキノコ商と揉めている。

 前を行くケイトは後ろから見てもわかるぐらい嘆息を吐いて、二人に近寄った。


「一体何事だ、今は暗黒時間でもあるし、双方よけいな騒動は控えろ」

「ケイト様、これはお見苦しい所をお見せしました」

「まったくだケヘラン、何があった?」


 ケイトが事情を聴くと、かなりどーでもいい内容だった。

 どうでもよすぎて僕の脳内メモリーはそくざに騒動の記録を消去したほどだ。


 とりあえず僕たちはケヘラン達と同席し、羊肉を使った料理をメインに注文する。


「ったく、ケイト様の恩情に感謝しなさいよね、屑」


 ケヘランに屑とののしられたキノコ商の店主は濁った安酒を飲み、憂鬱そうに下を向く。


「……俺には五歳になる跡取りがいるんだけどよ」

「その跡取りはあんたに似てうだつの上がらない人生を送るんでしょうね」

「……そーさせねぇためにも、俺は一生懸命、山を守ってきたつもりだった」

「あんたみたいな屑に山の管理は出来ないわよ」


 店主の言葉に逐一文句をつけるケヘラン姐さん、ひょっとしなくても酔ってます?


「どうすりゃいいんだろうな、このまま行くと、俺の山は死んじまう」


 よくわからないけど、キノコ商の店主は代々継がれてきた山を所有していて。

 昨日、僕たちに融通してくれたキノコはその山で採れた物だったらしい。


「本当だったら、メツバキノコを献上品にして、この街の騎士様になんとかしてもらうつもりだったんだけどな。まぁ過ぎたことだし、しょーがないよな、はは、ご先祖様、すまねぇ、俺の代でキノコ商は店じまいだ」


 店主はそういうと安酒を飲み干し、顔を机に突っ伏した。


 この街の騎士をやっているケイトは目を細めてその光景をうかがっている。


「……私がその山の精霊に呼び掛けてあげるわよ」


 その時、ケヘランがこう言いだした。

 山の精霊に呼び掛ける? と、僕が不思議に思っていると、ケイトがケヘランにたずねた。


「ケヘランは精霊使いだったのか?」

「えぇ、ケイト様とお別れして以来、私は修行の末、精霊使いになりました」

「精霊使いは世界中を探しても五十人はいないとされているのにな」

「ということで屑、あんたの山にあたしを案内しなさいよ」


 まさか姉弟子のケヘランにそんな力があったとは。

 しかもケヘランの本来の姿はアークの担い手であるアント種ともあれば。

 ケヘランって、ひょっとしなくてもかなり凄いのでは?


「屑、話し聞いてるの?」

「うるへぇ、俺の股間の大砲から聖なる雫が、そら見ろ、ぶっ放されちまったぞ」


 店主は酔いが深かったようで、寝言をあげると机の下で聖なる雫とやらをこぼし始める。

 何を思ったのかミスト種のミレーヌがその光景をくすくすと笑い。


「大の大人が寝小便なんてありえないわよッ!!」


 ケヘランはふがいなさそうな店主にまた突っかかっていた。

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