第157話 結婚式? だお

 王子とエレンの策謀から逃れるよう、昼間からハリーの店に向かった。

 何のためにって聞かれると、一狩りしに来たんだじぇ。


「こんにちはー」


 ドアベルをカランコロンと鳴らし、ハリーが経営する夜の居酒屋の風情とは違った昼時のたたずまいを覗くと、そこは元居た国で見ていた光景が広がっていた。エプロン姿のヒュウエルがカウンター席にいるお客さんを相手に談話していて、ふらっと立ち寄った僕みたいな珍客に眉を開くんだ。


「お前か」


 ヒュウエルの目前には奥さんのリザさんが退屈をしのいでいた。


「これ、リザさん用のお土産です」

「え? いいの?」


 リザさんは確認するようヒュウエルの顔を見るが、ヒュウエルにかしこまった様子はない。


「いいんだろうよ、タケルは俺に色々と借金があるしな」

「借りはあっても借金はしませんお」

「なら建国記念日の大会の賞金さっさと払えよ」

「それはなりませんお」

「豚の餌にしてやるぞ?」


 別に賞金を払うこと自体はいいんだ、アオイちゃんちーの魔改造で金策もはかどっているし。けど、賞金を払ったあと、ヒュウエルがこの国からいなくなる事態はもうちょっと後にしたい。


 リザさんは僕のお土産を手袋から取ってまじまじと見ていた。


「これ、何かしら」

「携帯ゲーム機ですよ、テレビをお持ちであれば大画面で遊べるような」

「ありがとう、大切にするわね」


「まぁゲーム産業はこの国の一大産業として個人的に位置付けているので、遠慮せずどんどん遊んでください。ところでヒュウエル、コーヒーとお昼時なんで昼飯ください。さっさと作ってくれますかお」


 口ひげの上からでもわかるぐらいヒュウエルはにこっと口端を吊り上げていた。


「あまり舐めた口利いてっと、狩ってやるぞ?」

「ヒュウエルまであの新聞を信じないでくださいよ」

「嘘にしてはよくできた記事だよな、まぁ、王室のやりそうなことだ」


 カウンターに備え付けられたキッチンで料理し始めたヒュウエルを端に、リザさんは笑っていた。


「当事者じゃないから、つい、笑っちゃうわね。でもタケルくんは気を付けたほうがいいわね。こういった時の王室って、大体誰か殺すから」


 物騒な内容を平常運転のようにさらっと言いますな。


「失礼、もしや貴方はリザ様でいらっしゃいますか?」


 うひょ!? この声はジュリアーノ王子、さては僕をつけてきたな?

 王子はまた音もなく現れると、リザさんに近寄っていた。


 それを危険視したヒュウエルが剣で割って両者をたがっていた。


「手前みたいな危険因子がリザに近づくんじゃねぇ」

「ヒュウエル殿のこの対応は、本物なんですね」

「いいから、離れな」


 と言って、剣の腹を王子の胸に当ててヒュウエルはどかしていた。

 王子はしぶしぶといった様子で僕をはさむ格好で奥の席に座る。


「このことは内密にしておきますよ」


 王子の言葉に、剣を納めたヒュウエルは料理を再開する。


「当然だろ、でねーと俺に消されるぞ」

「ヒュウエル殿は英雄だ、英雄の敵は国の敵。俺は国の敵にはなりたくはない」

「で、注文は?」

「日本酒を一杯、それと肴をいくつか頂ければ。お代はタケル殿が」


 ナチュラルにたかるな。

 リザさんは目を丸くさせて、王子の素性をいぶかしがっているようだ。


「ヒュウエル、彼は誰?」

「現王室の二番目だよ、モニカの義弟だ」


 その説明に王子は納得してないのか、訂正する。


「違いますよ、俺はもう王室の人間ではない。俺という人間を表すのなら、この国の大臣ですね」


「違いますからね!? 僕は王子を大臣に抜擢した覚えも約束もないですから!」


「しかし、あの時のタケル殿は目で語ってくれたじゃないか」


「目!? もう一度聞くけど、目!?」


 モニカといいこやつといい、物言いが独善的を通り越して邪神的だ。

 王室メンバーって全員エゴイスト、これ、今日の覚え。


「タケル殿、俺は貴方と話をしに来たんだ」

「一体何の話ですかねぇ?」


 やや疲労気味に問うと、王子が口を開こうとした時に、逆隣りにいたリザさんが先に口を開いた。


「ここ、ポイントよ。王室の人間ってこういう時に大体仕掛けて来るから」


 ヒュウエルはその物言いにちょっと失笑しつつ、コーヒーとマグロの炙りステーキを出してくる。小皿に醤油をつけ、ステーキにはすり下ろしたてのワサビを乗せられていた。


 赤身から香ばしい匂いと、別皿に盛られたライスの湯気が立つ。


 王子は慣れた様子で箸を取り、一緒に出された日本酒をおちょこからとっくりにそそぐ。


「美味しそうだ、タケル殿、現状の君は国民から舐められている」

「でしょうね!」

「それは君が所帯を持ってないことも原因の一つだ」

「そうなんですか?」


 マグロステーキは左から王子の箸攻めに、右からもリザさんの箸が迫り。

 気づけばどんどん減って、残ったのは醤油とライスだけになった。


「あああ、僕のマグロステーキがっ」

「そこでだ、タケル殿はこの際思い切って結婚式を開いた方がいい」

「……え?」


 け……こん? 僕が?

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