第38話 アーク攻略その五、だお
勝負は一瞬で決まる。
半径1キロメートルに及ぶ綺麗な円状した空間は、アークによって照らされていた。アークを守るドラゴンは僕らの狙い通り、今は深々と寝ている。その間も、人間の子供ほどの体格の蟻のモンスターが、アークを整備しているようだった。
「……――」
イヤップは事を急くように、白い柱状のアークの中央に向けて銃口を定める。
胸の目立つアリーと、回復役のクレアはそれぞれ部屋の出入り口付近に控える。
にわかにだけど、緊張が酷くなって来る。
心臓の鼓動が耳に届くほど、大きく脈打ち始めた。
ジュードとゲヒムはよりドラゴンから離れた場所に位置取り。
僕はジュードたちの反対側に、ライザはドラゴンの背後に回っていた。
勇者を狙う傾向にあるドラゴンを惑わせるため、僕らは三角形に展開し。
「……作戦開始!!」
エレンが急ぐように、号令を言い放った。
瞬間、部屋を照らしていたアークの光がイヤップの手元に吸い込まれる。
アリーとクレアは魔法障壁を展開し、出入り口を封鎖した。
「――っ!」
すると、ライザが予定外の行動に打って出た。
イヤップを守るためだったのか、ライザはドラゴンに奇襲を仕掛ける。
その時、僕の耳に二つの音が聴こえた。
それはアークに銃口を向けていたイヤップの手元と。
ドラゴンに奇襲を仕掛けたライザの方角から上がる。
仄暗い闇の中を、美しい閃光がアーク目掛けて駆ける――――ッ!
「く、思ったより威力が出ない」
イヤップが放った閃光はたしかにアークを貫いた。
しかしアークを消失させるまでにはいたってない。
――ズン……!
次には地響きが鳴ったかと思えば。
「……ルルルル――ッッッ!!」
ホワイトファングドラゴンの意識は覚醒し、咆哮を轟かせるとその巨躯を蛇のように起こす。
ドラゴンに奇襲を仕掛けたライザは、後方に吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられていた。
「諦めないでイヤップ! 第二波を! ジュードとゲヒム、それからタケルは上手く逃げて!」
エレンが室内にいたドラゴン以外のモンスターを手際よく始末しつつ、全員に指示を出すのだが。
「……」
「イヤップ! 何してるの!?」
イヤップは、呆然と立ち尽くし。
「――ッ!!」
「っ!?」
ドラゴンの巨大は尻尾によって身体を薙ぎ払われていた。
「イヤップ!! チッ、クレア、そっちはもういい! イヤップとライザの回復を急いで! 他は生き延びることに集中して!」
クレアは先ず近場にいたイヤップの方に駆け寄っていた。
僕はライザの方へ走るのだが。
「……――!」
ドラゴンは次の標的として僕を選んだらしく、身体を捻転させるように尻尾を縦に振り下ろした。尾撃を受けた個所はめくれ、陥没し、砂塵が舞い上がる。
「――タケル!!」
その光景を窺ったエレンが応答をうながすよう僕の名を叫ぶ。
僕は平気だ。
「僕はまだ平気だ!」
なぜならドラゴンの攻撃を受けるまえに何かに足を引っ掛け、転んでしまい。
ドラゴンの動体視力によって予測された攻撃は、一寸先に振り下ろされたのだから。
あのドラゴンは巨躯な分、素早い動きには対応し辛いみたいだ。
「っ……――ッッッ!!」
ドラゴンは僕の生存を確認すると、また咆えた。
自分の渾身の一撃を避けられ、怒っているのだろうか。
すると、ドラゴンの額が輝き始める。
輝きに応じるように、アークも一際強く発光して。
気のせいじゃなくとも、僕の身体が急にだるくなった。
「くそ……!」
たまらずその場に膝をついてしまう。
「やべぇ、こいつはやべぇよエレンさん!」
「それがし眠くなって来たです」
ジュードとゲヒムもそれぞれに身体の異変を訴えている。
みんなが慌てふためいている中、それでもエレンは冷静だった。
エレンは瞼を瞑り、見開くと、ある方向に向けて猛然と走り始める。
「そこね!」
そのエレンの行く手をはばむように、モンスターは襲い掛かる。
「リン!」
エレンが相棒の彼女の名前を叫ぶと、モンスターは血飛沫を上げ始めた。
何かよく分からないが、戦場の光景に圧倒されていると。
「痛っ! え?」
蟻のモンスターの数匹が、僕の身体に這いつき始め。
視界は蟻モンスターが作った影で埋め尽くされる。
やばい、このままじゃ、僕は蟻に食われ蟻塚の一部となるバッドエンドを迎える!
想像しただけでおしっこが漏れそうだった。
「タケルから退け、虫けら共!」
「ライザ!」
しかしライザが酷く流血しながらも、迫りくる蟻を追い払った。
「平気か、タケル、っ」
「僕よりも君の方が心配だ」
「私のは自業自得だからな……タケル、後ろは任せたぞ」
よく見ると、ライザの左腕は装飾のようにぶらりと垂れ下がっている。
ドラゴンの反撃でやられたのだろう。
「ああ、もう、邪魔! なのよ!」
遠くの方でエレンとリンがモンスターと戦っているのが見えた。
クレアはイヤップの回復に努め、アリーは出口を封鎖し続けている。
ジュードとゲヒムの二人はどうなったか定かじゃない。
これって、ピンチなのでは?
というか絶体絶命の状況なんじゃ?
「はぁ、はぁ――アっ!」
ライザは傷つき、痛みを押し殺すようにモンスターと戦っていた。
「無理するなライザ!」
「タケル、今、私たちは絶体絶命のピンチに陥っている。こうなった以上」
――誰かの犠牲を払ってでも、他を生き残らせる。
「むろん、お前にそのような酷は強いらない」
……そんなの、僕は認めない。
怠い体をおし、僕は一目散に駆けだした。
「逃げろタケル! せめてお前だけでも生き延びろ! ッ!」
ライザの叫び声が室内に反響し、やけに衝撃的だ。
彼の言う通り、今ここで逃げれば僕は助かる。
僕だけでも生き残って、みんなの仇討ちをすれば、大義を果たせる。
――しかし、そんなのは単なるまやかしだ。
「タケル!」
ことさらエレンが場所を指し示すと、僕は土を被ったそれを拾いあげる。
僕が拾い上げたのは、イヤップのアーティファクトの銃だ。
ドラゴンがアークと共鳴し、一際強い光を放っている今なら――!
「っ気を付けろ! それは一度使うと!」
イヤップの声が反響した頃に――僕の目の前は真っ暗になっていた。
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