第9話 女冒険者、エレンの登場だお

「……にしても」


 お腹が痛い。


 ライザを見送ってから二日目、僕は退屈を凌ぐとともに、お腹を空かせていた。

 幸いなことに、僕にはこの家があるから、宿無しになることはなかったが。


「はぁ、昨日から何も食べてないや」


 昨日丸一日、何も食べてないことに気づく。

 空腹の余り、このまま死んでしまうんじゃないだろうか?


 僕の手元に残された有り金は、ライザから貰った銀貨百枚ぐらい。


 ヒュウエルの酒場で一食頼むには、銀貨一枚相当の出費がかかる。


 一日一食だとしても、百日後には文無しになる。


 それまでにライザは戻って来るだろうか、可能性としては低い。


 ……はぁ、しょうがないけど、ヒュウエルの酒場に向かおう。

 何かしら情報を得れるかも知れないし、空腹が過ぎる。


 ◇ ◇ ◇


「お前さんか、ここ数日見なかったが、順調か?」

「順調じゃないですよ、今日もお腹が空いて仕方なく来ましたお」

「仕方なくって所にイラっとしたぜ、まぁそういうことなら何か作ってやるよ」


 ヒュウエルはキッチンに向かい、料理し始めた。

 僕がカウンター席に腰掛けると、次いで酒場に誰かやって来る。


「ヒュウエル! 久しぶりだね」

「おっと、今日はどうしたんだ、珍しい顔ぶればかり来やがるな」


 女冒険者の風貌したその人は、入り口から大声をあげると僕の隣席に座った。


「エレン、最近は順調だったか?」

「……順調じゃないやい、聞いてくれるヒュウエル」

「なんだ?」


 ヒュウエルはその人をエレンと呼んでいた。

 上はジャケットとシャツ装備の、比較的軽装の彼女からは女性らしい馥郁が香る。


「冒険者等級がまた上がらなかった。一向に評価されないんだよぉ~、何でぇ~?」

「そらお前がお宝にしか目がないからだよ、サタナでは賞金首ハンターの方が評価されやすい」


 ふーん、冒険者にも色んな人種がいるんだな。


「私がダンジョンのお宝を目当てに活動してるのは、効率を考えてのことだから」

「効率って?」


「レベルをいくら上げた所で、元々スキルを持ってない私たちは分が悪いでしょ。だったらスキルに匹敵する物凄い武器か魔法具を手に入れるのを何よりも先決した方がいいのよ」


 そういうことか。


「お宝ハンターってのは、他の冒険者からしたらサボり野郎に映るからな。ダンジョンを攻略するならきっちりモンスターを狩って来い。それでこそ、冒険者の証明だぞ」


 ヒュウエルが反論すると、エレンはダンダンとカウンターを叩き始めた。


「店を乱暴に扱うんじゃねぇ、これだからじゃじゃ馬は。タケル、出来たぜ」

「ありがとうヒュウエル、頂きます」


 そう言い、エレンは僕の食事を奪って食いつき始めた。


「おいこら、それはお前のじゃねぇ。隣にいるタケルの飯だよ」

「いいじゃない、後輩は先輩に何かと配慮するべきよ」

「はぁ、すまねぇタケル、今別のもんつくっから、待っとけ」


 ヒュウエルはろこつにため息をつくと、また料理し始めた。


「そう言えばエレン」

「ん? 何?」

「お前って、元々四人組のパーティーだっただろ? 他の奴らはどうした」

「ああ、アリーたちは王都で次の冒険のための買い物してるはず」


 ヒュウエルはその返答を聞いて、安堵した様子で「そうか」と口ずさんでいた。

 エレンや、彼女の仲間はヒュウエルとなじみ深い人間のようだ。


 でなければ慇懃無礼で、嫌々酒場を営んでいるヒュウエルが微笑むはずないんだ。


「ご馳走様! 美味しかったよヒュウエル」

「ああ。ってもう行くのか?」

「アリーたちと合流して、また夜にでも顔出すよ」

「是非そうしてくれ、お前たちがいるとこの店も華やぐ」


 エレンは物凄い勢いでお皿を平らげると、ヒュウエルに投げキッスして去って行った。


「……まるで嵐のようでしたね」


 これは彼女に対する僕の感想だ。


「あいつはこの酒場のアイドルだからな、あれくらいでちょうどいい」

「でも冒険者としては評価されない?」


「そうだな、冒険者って言うのは、世界の脅威を取り除いてこそだからな。あいつみたく自分の懐勘定しか考えない冒険者は、必然的に評価されにくい世の中になっちまってる」

「ふーん……そう言えばヒュウエル」

「なんだ?」

「食いぶちに困ってるんですが、何かいい働き口ありませんか?」


 聞くと、ヒュウエルは先ほど見せた微笑みよりもさらに口角を上げる。

 そしてッターンと、僕の目の前に代わりの料理を差し出して。


「知るかんなもん、テメエのケツぐらいテメエで拭え」


 こう吐き捨てた。

 先ほどのエレンとは違った塩対応に、傷心だお。


 その後、ヒュウエルの手料理を食べ、憂鬱な気分のまま家路につく。


 帰る途中にあった川橋の上から、王都の自然の景観をおがみ。


 その辺にあった平べったい石で、水切りして無下に過ごした。


 発端としては、茜日が射す夕暮れ頃。

 川遊びに飽きて、家に帰ると。


「――動くな」


 二階の居間のかもいをくぐるや否や、腕を拘束され首に短剣をあてがわれた。


「……お前は、さっきヒュウエルの酒場にいなかった?」

「ひょっとしなくても、エレンさんですか?」

「たしか、タケルだっけ? ここには何しに来たの?」


 エレンは僕の目の前に居て、背後から腕を拘束し、短剣を突き付けている人物とはまた別だ。


「何しにって、自分の家に帰って来ただけです」

「何言ってるの? ここはあたしたちの家だよ?」


 え……?


 そう言えばライザが前線に出立する前、言っていた。

 この家はある錬金術師が引き払った、訳あり物件だということ。


「いや、この家は勇者やっている友人が王家から頂いた家です。以前の家主は訳あってこの家を引き払ったって聞きましたよ?」


「どういうこと?」


 そんなの、僕の方こそ聞きたいお。


「……恐らく、王室が私たちの家を勝手に売りに出してたんだと思う」

「はぁ~、余計なことばかりするわね、王室も」


 エレンは僕の背後にいた声の主とやり取りしている。


「とりあえず離してくれませんか?」

「タケルはここに住み始めてどのくらい?」

「……五日程度だと思いますけど」

「さっき、勇者の友人がどうのこうの言ってたわよね? その勇者は今どこに?」

「彼なら魔王討伐隊に加わるため、一昨日、ここから出立しましたよ」


 ひとしきり説明すると、エレンは腰掛けていた木机から跳ねるようこっちに来た。


「一応筋は通ってそうね、ということだから、離してあげたら?」


 ――ドン、と小突かれるように僕は離された。

 その勢いあまってエレンに体を預ける格好になったんだけど。


「うかつに近寄らないでくれる」

「だお!?」


 エレンは流れるように膝を上げ、僕の股下に金的を入れる。


 激痛にあえぎ、その場に伏せていると、エレンはしゃがむなり言った。


「とりあえず五日分の宿泊費、頂きたいのだけれど?」

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