第8話 ライザの進出だお

 異世界サタナに召喚された勇者は二度と帰れない。


 それは僕とライザの思い込みにしか過ぎなかった。

 というのも。


「タケルは知らないかもしれないが、王家の血筋もスキル持ちらしい。私はそのことを王家筋の人間から聞かされた。なんでも、スキルは遺伝するらしく、ことさら言えば王家のスキルは『転移』」


 ――つまりはこの世界に召喚された勇者を、元居た世界に還すことのできるスキルだ。


 ということらしい。


 この世界に来た時からちょっと引っかかっていた部分ではあった。


 わざわざ異世界から召喚した勇者を、呼びよせた割には冷遇対応過ぎやしないかと。


「で、ライザは元居た世界に還らせる見返りとして」

「ああ、魔王討伐隊に加わるよう指示された。そこで一定の戦果を上げれば、検討すると」


 ド汚いお。

 これが大人のやり口か、などと心の中で不信感を募らせてしまう。


 それにしても、スキル『転移』?

 他のスキルを聞いてると、いかに僕のスキルが最低ランクの代物なのか判らせられる。


 悔しい、びくんびくん。


「タケル、失意に満ちた目をしているな」

「……いや、それで? ライザは魔王討伐隊に加わるって返事したってこと?」

「ああ、一時はお前と一緒に加わろうと打診したのだが」


 王室がなんて言ったのか、理解しちゃうな。

 僕みたいな戦闘能力皆無のスキルとステータスが戦場に出向くのは、自殺行為だ。


「タケルの能力から鑑みると、魔王討伐隊のお荷物になってしまうと言われた。だから私の提案は断られた……そこで、ヒュウエルに折り入って頼みがある」


 ヒュウエルは僕たちのテーブルの隣に突っ立って、話を聞いていた。

 ライザは席から立つと、その場で正座して、頭を地べたにつけては言うんだ。


「タケルの、私の親友の面倒を、この店で見てやって欲しい」

「土下座なんて、何年振りに見たかな……顔上げろよライザ」

「ヒュウエルが肯定してくれるまで、私は頼み倒す」

「……答えはノーだ。残念だが、俺もちょっと事情があってな」


 ヒュウエルの返答は意外だった。

 なら何で今日はここで働かせてくれたんだ?


「今日は、どーしても外出する用事があったからな。店番を誰かに頼む必要があった。言っておくが、俺がこの酒場を切り盛りしてるのだって、王室からの通達なんだぜ? 嫌々やってるんだよ」


 ヒュウエルが皮肉気に言うと、酒場に居た客は彼にブーイングを寄越していた。


「タケル、お前今いくつだ?」

「十九歳です」

「つまりはもう成人みたいなものだろ? いつまでも世間に甘えるなよ」


 ううう、出来ればこの国の恩恵に一生しゃぶりつきたかった、バブバブ。


「わかった、ならば他を当たるとしよう」


 ヒュウエルは折れないと理解すると、ライザはすくっと立ち上がる。


「おう、今日の所はもう帰りな。と言っても今夜の宿は決まってるのか?」

「ああ、私は王室から家を融通してもらうことになった」


 ホワッツ?


「驚くことはない、タケルと私の家だ。魔王討伐隊に入ろうとも、帰る場所は必要だしな」


 ライザは言うと、恥ずかしそうに頬を指先で掻いている。

 酒場に居た客に、その様相はまるで――


「お熱いねぇ、御両人。恋愛ドラマをおっぱじめたと思えば、今度は愛の巣かよ」


 ライザと僕のボーイズラブに見えていたようなんだ。

 だ、誰がヘタレ受けだお!?


 ◇ ◇ ◇


「ここがその家?」

「ああ、三階建てらしいが、ちょっと狭いか?」


 酒場から抜けて、王都の中央から八又に伸びている通りにある件の家に着いた。

 敷地的には、僕が元居た世界の実家と同程度の広さだ。


 木造りの家の壁面は左官職人の手によって白い塗り壁がなされている。


「いや、十分だと思うよ。一階部分は何かのお店みたいだね」

「元々王都で錬金術を営んでいた輩の店らしいが、何か事情あって、引き払ったらしい」


 恐らく、王都に住むにあたって掛かる税金などの支払いが滞ったんじゃないかと予想する。王都の街並みを見る限り、ここには大勢の兵士、国に従属する職員がいる。僕たちを召喚した聖女たちもその一例だろう。


 兵士や、聖女を国にとどめるにはそれ相応の対価、つまりはお金が必要だ。

 国が支出に対し、得る収入源は専ら税金なのは、どの世界でも同じ仕組みっぽい。


「早速入ろうか、出来ればベッドがあればいいんだけど」

「そうだな」


 家に上がると、天井に不思議な照明道具が付いている。

 ヒュウエルの酒場にもあった奴だ。


「ライザ、あの照明どうやって点ければいいと思う?」

「あれは、手をかざし、――ブライト」


 と、ライザは予め知っていたように、照明を点けてみせた。


「消す時は同じく手をかざし、アンブライトと言えばいい」

「凄い」


 予想よりも遥かに生活し易い家だ。

 正直、なめていたよ、異世界サタナを。


 それから二日後、ライザは魔王討伐隊に入隊し、前線へ向かう兵士たちの進軍パレードに出席していた。パレードの列は僕たちの家の前を通って行く格好で、僕は人混みを避け、三階の窓から窺っていた。


 ライザは勇者であり、かつ今回の討伐隊ずいいちの戦力として、先頭にいた。


「ライザ! 必ず生きて戻れよ!」


 僕の呼びかけに、ライザは破顔して、勇ましい表情で戦場へと旅立って行った。

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