第7話 大切な絆だお

「タケル、ライザをただ待つのもなんだし、店の手伝いしないか」

「えー」

「えーとは何だ、昨日の晩飯、毛布、そして今与えた漢方料理の貸しを返せよ」


 酒場のマスター、ヒュウエルは僕にお店の手伝いを打診して来た。


 風邪気味の病人を働かせる根性も凄いと思うが、まぁ彼にも恩がある。


 と言う訳で、僕は即興で酒場のウェイターを務めることになった。


「タケル、営業スマイルは出来そうか?」

「(´◉◞౪◟◉)」

「ああ……じゃあ、いや、お前も俺と同じで表情作るのが苦手なんだろうな」


 え? そんなの初めて言われたぞ。


 まあ僕はここに来るまでろくに働いたためしがないけど。


 ヒュウエルは酒場のウェイターとして働く中で、僕に色んなことを教えてくれた。


 例えばこの世界の人口だったり、ちょっとした歴史。


 魔王の存在は居るとされているが、目視で確認はされてないことから謎に包まれていることとか。


「それとな、お前に俺の人生訓を言っておこう」

「おいおいおい! また出たぞヒュウエルの小言が、坊主、話半分に聞いておけ—」


 ヒュウエルの人生訓、か。

 興味なくはないが、ライザが中々帰って来ないのが若干心配だ。


「結局、俺たちが相手にするのは人なんだってことだな。俺たちが人間である以上、住む社会は人間社会だし、商売相手も自ずと人間様になって来る。例えお前が勇者でも、ライザのような動物が好きでも、そこを失念しちゃならないぜ?」


「ヒュウエルは人間好きですか?」


「いいや、嫌いだな……でも、この酒場に来る連中は好きだぜ」


 ヒュウエルが深々とした感じでそう言うと、酒場の客は口笛ではやし立てた。


「さすがヒュウエル、元勇者!」


 元勇者?


「ヒュウエルも勇者だったんですか?」

「元、な。俺のスキルはある勇者に奪われちまった。世の中そういうスキルもある」


 他人のスキルを奪うスキルか……いいなぁ~。

 僕のスキルもそのぐらい陰謀性が高ければ、もっと夢見れたんだけどなぁ~。


 その後、半日にわたってヒュウエルの酒場で働かせてもらったけど。


 風邪気味だった僕の体調はすっかり回復していた。


 ヒュウエルの漢方料理とやらが効いたんだろう、ありがてぇ。


「いらっしゃい、ってライザか。遅かったな」

「タケルは、ここで働き始めたのか?」


 ライザは約束どおり、酒場に戻って来たんだけど、様子がちょっとおかしい。

 いつもの彼だったら視線は常に前を向いているのに、今は下に落ちている。


 そしてふらふらとした足取りで、ライザはテーブル席についた。


「ご注文は?」

「……タケル、お前に話があるんだ。聞いてくれないか」


 言われた瞬間、心臓が少しドキっと、はねた感じがした。


 王室に何を言われた知らないが、ライザの表情はいつになく重たい。


「話って?」

「私と……私との関係を終わらせてくれないか」


 瞬間、僕や周囲にいた酒場の客がざわついた。


 ――あいつら、そういう関係だったのかよ?

 ――オス同士だろ? すげーな。


 この物語は僕の英雄譚などではなく、ライザと僕のボーイズラブだったのか。

 ってちげぇーお! どっちが攻めでどっちが受けとかどうでもいいお!


「関係を終わらせるって、どういう意味?」

「そのままの意味だ、明日から私とお前は赤の他人になる……そうする他なさそうなんだ」

「王室から何を言われた」


 問うと、ヒュウエルがノンアルコールエーテル(梅の味がするジュースみたいなもの)を、僕とライザの二人分持って来てくれた。


「これは俺の奢りだ」

「すまない――っ」


 ライザはエーテルを一気に飲み干すと、涙をこぼし始めた。


「さきほど、私は王室からこのような通達を受けた。このまま王都に滞在して、一生を終えるか。それとも魔王討伐隊に参加して、元居た世界に還るか。私は故郷に大事な人を置いて来た。お前とその人を天秤に掛け、やはりお前とは無縁だったのだろうと悟った」


 彼の涙に感応して、つい泣きそうになる。


「いずれはお前をこの世界に一人にしてしまう、そんなの、友達とは呼べない――だから」

「ステータスウィンドウ」


 ライザは拳を強く握りしめ、身体を震わせていた。

 その彼を前にして、僕はスキルを発動させ、ステータスウィンドウを開く。


「ライザも、ステータスウィンドウを開いてみてくれないか?」

「……わかった」


 大事な局面だからか、彼は僕の言葉に素直にしたがう。


「僕は生来から人づきあいが苦手でさ、元居た世界に大事な人なんてほとんどいないって言っても過言じゃない。だからかな、僕は心の底で、人とのつながりを持ちたかった……本当だったら君のような男じゃなくて、恋人が欲しかったんだけど、それも今となっては小さな問題だと思う」


 そう言い、僕はステータスウィンドウの左タブをタップし、仲間の項目を開いた。

 そこにはライザの名前がちゃんと載っていて、彼との関係性が表記されている。


「友達って、なんだろうね。友達がいない僕に、その定義はわからない。けどさ、僕のステータスウィンドウには、君がいる。君のステータスウィンドウには僕のことなんて書いてある?」


「……無二の、親友と」


 僕のステータスウィンドウに、ライザは『初めての友達』と書いてある。


 つまりこのステータスウィンドウはその人の能力値を判別するばかりじゃなく。


 その人にとっての、つながりをも教えてくれるんだ。


「君は悟った。って言ったけど、君のステータスウィンドウは、そうじゃないって言ってる。なら僕は、君の表面上の言葉じゃなく、君のステータスを信じる。それが僕にとって都合がいいし、何より僕のスキルだ」


 涙を喉元で飲み込み、そのことを伝えると、彼は胸を手で押さえた。

 ライザはさいど瞑想し、今は考えを改めてるんじゃないかな。


 人と、人とのつながりに、住んでいる世界は関係するけど、関係ないのかもしれない。

 矛盾しているかもだけど、僕はそのことを彼との出逢いを通じて心に刻んだ。


 ステータスウィンドウを信じるなら、彼は僕の初めての友達で。


 曰く、大切な絆だったんだお。


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