第10話 嵐と元勇者にステータスウィンドウを、だお
エレン、彼女は突然やって来た、文字通り嵐のような女性だった。
王室から貰った僕とライザの家に我が物顔して居座って。
彼女は帰って来た僕を出迎えることもなく、宿泊費を要求していた。
「一応聞きますけど」
「恋人はいません、つくる気も毛頭ない」
聞いてないんですけど!
「……ジョークよ、それで何?」
「宿泊費って、いくらですか?」
「いくらぐらいにする?」
言い値でいいんですか!?
だったら要求するなよ……!
「とにかく、荷物まとめて素直に出て行ってくれない?」
「駄目だ、僕はいいけど、魔王討伐隊に向かった友達には帰る場所が必要だ」
ここは彼と僕の持ち家だ。という主張と。
ここはエレンの生家だ。という彼女の主張は食い違い。
「間違っても、裁判所に申し立てしないでよね。面倒になるのはお互い様なんだから」
普通なら法廷沙汰の所を、彼女は止め立てた。
「……こいつ、普通の人間じゃなさそう」
エレンの隣にいたショートカットの細身の女性が、僕のことをそう言う。
そ、そうだお!
僕だって紛いなりにも、勇者の端くれなんだから。
「ですよ、僕も聖女たちに召喚された勇者の一人です……僕のスキルを使えば、貴方たちを灰燼と化すことも容易だお――ステータスウィンドウ」
と言い、五日ぶりに半透明状のステータスウィンドウを開いた。
「リン」
「大丈夫、彼のスキルに攻撃性はない、付与術の一種」
何故バレタし。
「一瞬ヒヤッとしたけど、単なる脅しだったのね」
エレンはにこやかな笑顔でそう言い、長剣を突き付け、僕を恐怖させたものだ。
◇ ◇ ◇
「タケルか、その顔はどうした? お前もついにその気になったのか?」
その気……?
「ちょっと聞いてよヒュウエル、こいつってば、私の家に不法侵入したのよ?」
「なるほど、それでそんなに面腫らしてるわけか」
あの後、僕はエレンとリンの二人から酷い仕打ちを受けた。
彼女たちは僕をいたぶるでもなく、連れていた毒蛇をけしかけた。
間違った。とエレンが言った時にはもう遅く、僕の顔は蛇の毒によってぶくぶくに腫れてしまった。
「ヒュウエルが、解毒魔法を使えるって聞いて……」
「一回につき銀貨二枚な――リフレッシュ」
ああ、あったけぇー。
異世界サタナの治癒魔法の感触は、総じて気持ちいい素晴らしいものだ。
「さすがは元勇者ね、愛してるわヒュウエル」
エレンはお世辞の一環で、ヒュウエルにまた投げキッスを送っていた。
「それで、お前たちの家問題は片付いたのか?」
「タケルには一階部分を借家として貸すことになったわ。これで私たちの老後は安泰ね」
ひと月につき、銀貨三百枚を吹っ掛けられたばかりで。
現在の所持金は銀貨百枚ていどと伝えると、彼女は柳のような眉を吊り上げて言う。
――お金がないのなら稼ぎなさい、以上。
この世界に来てまだ一週間と経ってない僕に、無茶言うお!
「とりあえず、最初の三ヶ月は無料で提供することにしたの。その見返りとしていいもの貰ったしね」
エレンはリンを連れてカウンター席に腰を下ろし、話を聞いていた酒場の常連客が笑っていた。
「いいもの? 俺にもくれよエレン」
「だめよ――ステータスウィンドウ。これは私が交渉巧みにタケルから貰ったものだし」
僕はエレンとリンの二人に、ステータスウィンドウを付与してあげていた。
見返りとしてあの家の一階部分を借りることが出来た。
と言うのは建前で、毒蛇で脅されてる時に根掘り葉掘り聞かれたんだ。
僕のスキルやら、ライザのスキルまでさえも。
「俺も見るのは二回目だな、そいつぁーどんな効果があるんだ?」
そうだっけ? ヒュウエルでさえもステータスウィンドウを見るのは二回目なのか。
まあ屑スキルですしね、覚えてもらう必要もない。
「そうねぇ、例えばこの酒場に、私たちに敵意を持った人間が一人、二人いるってことが判るし」
「ほぅ、そいつは便利……なのか?」
「ことさら言えば、今まで蔑ろだった自分の能力を数値化してくれるから、状況判断がつきやすいわね。それ以外はノーコメント。これはタケルでさえも気付いてない部分になるわ」
何だろう……そう言われても、ちんぷんかんぷんだお。
「だからねヒュウエル、今日はちょっとしたお別れを言いに来たの」
「どうした急に?」
「……私たち、今度は特級ダンジョンに挑むことにしたわ」
とっきゅう、ダンジョン。
ふむ、なるほど解からん。
「止めても無駄なのか? 聞いたことがない、三等級冒険者が、特級に挑む話はな」
「だいじょーぶ、このステータスウィンドウがあれば、お宝をくすねるぐらい出来るわよ」
「それほどの代物なのか、タケルのスキルは」
そうだったのか、僕自身、理解してなかったが。
腐ってもスキルはスキル。という事なのだろうか?
「ヒュウエルもこのスキル貰ったら? 何ぼさっとしてるのタケル、貴方、ヒュウエルにはさんざん世話になって来たんでしょ?」
「(# ゚Д゚)」
思わず、心の中で舌打ちしてしまった。
横暴で強引なエレンのやり口やら、ヒュウエルの口髭に下に隠された笑みに。
「じゃあ、おでこを出してくださいヒュウエル」
「嫌ならやらなくていいんだぞ」
「ステータスウィンドウ付与っと、いいんですよ。お世話になったのは本当ですし」
ヒュウエルの額に指先をあて、僕は彼にもステータスウィンドウを付与した。
そして使い方を簡素に説明すると、ステータスウィンドウを開いたヒュウエルの表情に僕は目を見張った。
「どうしたの?」
「……何でもない、改めて思い知っただけだ」
エレンも疑問視するほど、ヒュウエルの表情は凍り付いたのだ。
「……俺はもう、勇者じゃないんだな」
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