第139話 闘技大会その二、だお

「うわぁ、開始一秒でノックアウトとか、あいつ役に立たねぇ~」


 妹のアオイちゃんちーはライザに敗れたジュードに手酷い言葉を贈っていた。

 いつか因果応報とまでにアオイがそう言われる日がきそうだなと内心思う。


「ジュードは、よく戦ったよ」

「えぇ? どこがぁ?」


 こいつ、マジで口には気をつけろよな。

 僕は兄として恥ずかしいよ。


 ジュードがどこからともなく出てきたエルフの医療班に運び出されると、次の試合にシーンは移る。次はヒュウエルとエレンの胸熱の試合だ。どちらにも恩義を感じている僕にとっては見逃せない。


「では次の試合に移る、ヒュウエルとエレン、双方参れ」


 ダニエルの呼びかけに応じて二人は円柱状の舞台に上がる。

 観客席からは「女もこの大会に出るのか」などといった驚きの声が上がっていた。


「頑張れよ美人、そんな冴えねぇおっさんに負けんなよー!」


 美人、と観客の一人から評されたエレンは愛想笑いで応えていた。


「美人ですってヒュウエル」

「お前がその気になれば男の一人や二人すぐに篭絡できるだろうな」

「……じゃあなんでヒュウエルは振り向いてくれなかったの」

「俺は、信じるもののために今まで生きてきた」

「なによそれ、答えになってない」


 試合の当事者は舞台上で何やら言い合っているな。

 大方予想できるけど、詳細までは想像つかない。


 隣にいたアオイちゃんちーは王都製の人気ジュース、トロピーをすすりながら試合を見守っている。


「エレン姉さんにヒュウエルさんの試合か、面白そうだね」

「因縁の相手だよな、聞いた話だと二人は師弟のような関係でもあるし」

「そうなんだ」


 らしい、エレンが冒険者を始めた頃はヒュウエルの指導を受けて。

 そこからエレンは冒険者としての心構えを改めた。


 エレンにとってヒュウエルは羨望の対象なんだ。


 ヒュウエルはもう年だし、超えるとしたら今がチャンスだ。


「ヒュウエル、勝たせてもらうわよ」

「テメエには負けねーよ、この自負はお前と一緒に潜ってた時から覚えていた」


 二人はダニエルの合図を待たずとも臨戦態勢を取り。

 火蓋を切ったのはエレンの手から放たれた短剣だった。


 ヒュウエルは目の前に迫った凶刃をいとも簡単に弾いて見せ、金切り声があがった。


「では第二試合、始め!!」


 そこで審判のダニエルも試合開始の掛け声を発した。


「エレン、こーゆう舞台でのルールは守れ」

「それって、どういう立場での忠告?」

「そうだな、同じ世界に住む先輩からの意見だ」


 先制したのはエレン、そして二撃目をとったのもエレンだ。

 エレンは得物である刀身の細い長剣をヒュウエルの肩に目掛けて振り下ろす。


 ヒュウエルは刃を立て、なんなく受けていた。


「相変わらず、速いな」

「私の二つ名、知ってるでしょ。疾風のエレン」


 エレンの身のこなしは軽やかで、文字通り目に留まらぬ速さで相手を圧倒する。

 それがエレンの戦闘スタイル、剛柔一体となった手練れの相手だ。


 エレンはなおも怒涛の波状攻撃をヒュウエルに仕掛ける。

 二人は会場に剣戟をひびかせ、観客を圧倒していた。


 ふと、エレンの連撃がヒュウエルによって大きく弾かれる。


「テメエ、舐めてんのか。さっさと本気出せよ」

「その台詞はそのまま返すわヒュウエル、守ってばっかじゃなくて打って出なさいよ」


 舞台上で二人が会話を交わしていると、僕の肩を背後から誰かが叩いた。


「げ」

「げ? とはなんだ青二才、それが尊ぶべき師匠に投げかける言葉なのか?」


 グウェンだ。


「俗世に無関与を決め込んでるあなたが、今回は何の用ですか」

「ヒュウエルの雄姿を見に来たのだ」

「ヒュウエルだったら、今の所劣勢ですよ」

「はっはっは、あいつが劣勢なわけがなかろう」


 ――何せ、ヒュウエルは俺の弟子の中でも一、二を争う強者。


「もしヒュウエルを倒せる奴がいるのなら、弟子にせねばならんな」


 じゃあ、反発的にここはエレンを応援しよう。

 エレンは今、両方の手に剣をそれぞれ握っている。


「ハァッ!」


 そして再び目にも留まらぬ速さでヒュウエルに猛攻を仕掛けるのだ。


「……強くなったな、エレン」

「そうでしょヒュウエル! 私はあんたの背中をずっと追いかけて来たからねっ」

「ふーん、だがなぁ、お前は間違ってる」

「間違ってない!」

「俺の背中なんか追いかけたって、何一ついいことなんかねーんだよ」

「やめてよ! そうやって、人の憧れに泥を塗るようなこと言わないで!」


 ……エレン、今の台詞だけは聞こえましたけど。

 貴方の気持ち、なんとなくわかります。


 地球にいたころの僕にも、憧れているものがあった。

 エレンと違って、その想いは儚いものだったけど。


「私の憧れたヒュウエルは、いつも頼もしくて、輝いていたわ!」

「どうしたらお前はその綺麗事を捨てられるんだ?」

「っ」


 ヒュウエル、エレンに何を言ってるんだ。

 気のせいか、エレンは涙をためているようじゃないか。


 あの二人の間に立つのはやめようと思って久しいが。

 僕はどうしても、二人の間に何があったのか知りたくなる。


「結局なにが言いたいのよ! ヒュウエル!」

「結局? まぁ結論から言えば」


 ――その憧れとやらを言い訳にしている割には、超えられてねぇな。


「って、思ったんだよッ!」


 エレンとヒュウエルの試合はほんの僅かな一瞬で決着した。

 それまではエレンが華麗に立ち回り、ヒュウエルは防戦一方だったのに。


 ヒュウエルが反撃に打って出るよう、大声を上げると、閃光が瞬いた。


 するとエレンの剣は粉々になり、後方へと吹っ飛ばされ、壁に酷く叩きつけられる。


「今からでも遅くねぇ、自分の才に見合った別の憧れを、追い始めることだな」

「エレンは戦闘不能とみなし、この試合、ヒュウエルを勝者とする!」


 こうして二人の試合は、ヒュウエルに軍配が上がり、決着したようだ。

 ヒュウエルはいつか見せた綺麗な所作で剣を鞘に納め、エレンに背中を向けるのだった。


「……やっぱ、輝いてるじゃない、ヒュウエルの背中は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る