第42話 ヒュウエルが居なくなった街、だお
死亡――ヒュウエルのステータスには確かにそう表示されていた。
加えてアオイから来ていた何通もの緊急のメールを受け、僕は司令部へと向かった。
「総司令! 王都が魔王に強襲されてます!」
「……どうやらそうらしいな、しかし安心しなさい」
事態が事態なのに、長机の奥に腰掛けた銀色の甲冑姿の総司令は落ち着きを払っていた。
「どうやら魔王リィダは、王都の勇者に討ち取られたらしい」
その言葉を聞き、僕の脳裏にヒュウエルの顔が過る。
ヒュウエルはここに来る前、朧気にそんなことを言っていた気がしたのだ。
魔王リィダの狙いを、彼は詳細に知っていた。みたいなことを仄めかしていた。
「だが、まだ王都に魔王軍の残党がいるやも知れない」
ライザは僕の肩を叩き、総司令に向かって伝えると。
「ライザ殿の言う通りだ、であるから、我々は半分の戦力をここに残し、他は王都に向かう。皆の者、くれぐれも気を抜くじゃないんぞ――我々の戦争はまだ終わってなどいない」
王都に残された知人友人が心配だ。
僕は一刻も早い王都への帰還を訴え、その間、アオイとの連絡を絶やさなかった。
◇ ◇ ◇
「俺たちは一体なんのために戦っていたんだッ! アァ……!」
王都の光景を目の当たりにした、誰かがこう嘆いていた。
王都の南門の先にある青々としていたはずの草原は、枯れていて。
まるで魔王の戦場を彷彿とさせる。
しかし、僕らにとって一番衝撃的だったのが、王都の酷い惨状だった。
南門から見えるだけでも、立派な城壁は跡形もなく砕かれ、その先に見える街の所々から黒煙がいまだ立ち込めている。出発する前と比べると、今の王都は壊滅状態と言っても過言じゃない。
「タケル、どこへ行くんだ」
「僕たちの家だよ!」
家に向かって駆けだすと、ライザはウルルを連れて後をついて来た。
南門をくぐり、家に向かうまでの道中は、地獄絵図だった。
そこに僕らが待ち望んでいた人々の笑顔なんかない。
半壊した家の中から街の様子を不安そうに見つめる老婦人。
倒壊した家の前で、泣きはらす子供を慰める片親。
どれも心を痛める光景が、前から後ろへ流れていくと。
「アオイ!」
「あ……」
奇跡的に、僕の家は無事だった。
一階のドアベルを鳴らし中に入ると、アオイは無傷のままで、平気そうだった。
「お兄ちゃん、生きとったんかワレェ!!」
この上アオイの口から出たわかり辛いギャグに、僕は胸をなでおろす。
しかしそれはアオイが見せてくれた、仮初の安堵だった。
「屑様」
「アンディも無事だったんだ。よかった」
アンディの無事も確認し、ことさら彼の無事を祝うと。
アンディは僕の膝にしがみついた。
「……いつも生意気な口を利かせる君なんだから、きっと勇敢だったんだろうね」
「俺さ……何もできなかった」
アンディの声は自分の無力感に失望するように、身がこもってなかった。
「アンディは子供なんだから、仕方がないよ」
「なにもできなかった……おばあちゃんや、母さんが目の前で――殺されても」
アンディの口から出たショッキングな内容を聞き、身の毛がよだった。
◇ ◇ ◇
魔王の戦場から急いで切り上げ、王都に帰って来たのはいいものの、敵の残党はほとんど王都から退いていた。魔王リィダが亡くなり、モンスターの統率が解かれると、モンスターは目先の人間を襲うだけ襲って、街から退散したのだという。
街をあらかた哨戒すると、王都に夜が訪れる。
僕はアンディやライザと一緒に就寝し、ウルルは妹と同室して就寝していたはずだった――っ!
すると一階の店から物音が聴こえ、何事かと思い向かうと。
「どうしたアオイ?」
「空き巣が今出て行った、最悪!」
「……捕まえるかタケル?」
一緒に起きて来たライザに聞かれ、僕は制止した。
「いやいいよ、どうせ大したものは置いてないし」
戦争によって、王都が誇っていた豊かさは死に瀕しているようだ。
今は何もかもが空しい、そんな思いをしていると、メールの受信音が鳴る。
『今からヒュウエルの酒場に来れない?』
メールを寄越したのは、今回の戦争の立役者であるエレンだ。
「ライザ、ちょっとヒュウエルの酒場に行って来るよ。後は任せた」
「タケル、無茶だけはするなよ」
今は何かをする気力がまったく残ってない。
夜の王都を歩いていると、みんな生気を失っていたよ。
街のところかしこに警備兵が置かれ、僕も途中いくどか呼び止められた。
「よせ、そのお方は勇者だ。ほら、アークを攻略した例の」
「然様でしたか、失礼しました」
ヒュウエルの酒場に向かうと、明かりが外まで漏れている。
屋根の一部が損壊しているようだけど、まさか営業しているのか?
「……お邪魔します」
外から一度様子見して、中に入るとカウンターにバーテンダーがいる。
「おう、来たかタケル。遅ぇぞ」
「ハリーですか、その格好はいったい」
「この店は、俺の居場所でもあるからな、ヒュウエルがいなくなったんだったら、他が回さねーとよ。ってことで注文は? タケルだったら知らない仲じゃないし、全品五割引きで良いぜ」
僕とは違い、ハリーのたくましさと言ったら、感動しちゃうね。
酒場にはいつもの顔ぶれとは違い、中には行き場を失った家族もいるようだった。
普段とは違った光景に、無邪気にはしゃぐ子供もいるぐらいだ。
「遅かったわね、ちょっといい?」
エレンだ、背後から現れた彼女は僕の肩を叩き、酒場の外に呼び出す。
今日は色々と見て回った影響が強くて、感情が乱高下し、ストレスも大きい。
それでも、群青色した王都の夜空は雄大で、自分のちっぽけさを痛感させられる。
「……」
ヒュウエルを一番慕っていただろう彼女を前に、言葉が出なかった。
「もう知ってるんでしょ、ヒュウエルがこの世からいなくなったこと」
エレンはその台詞と共に、一枚の写真を寄越した。
写真に映っているのは瓦礫の山に剣を立て、一筋の陽光を受けたヒュウエルの姿だ。
「それが、彼の最期らしいわ。戦場ジャーナリストが必死の思いで撮った一枚。明日の新聞にはその写真が使われるらしいわよ――魔王との戦争は多大なる犠牲を払い、終止符を打った。って記事でね」
「エレンは、これからどうするんですか」
彼女の虚勢は見たくなかった、だから僕はそこでようやく話を切り出せた。
「……ちょっと迷ったけどね、私はこれからも仲間と一緒に、ダンジョン攻略するわ。いつも通りね。タケルはどうするの?」
「今はまともに考えられないです、僕には今回の功績もあるし、妹と一緒に故郷に還るのも選択肢の一つかなって……エレンの考えも聞きたい、僕はこれからどうした方がいいのか」
相談を持ち掛けると、彼女は一瞬口を開いた後、涙を零した。
「タケルには、引き続きサタナに居て欲しいと思う。あんたは自覚ないみたいだけど、ヒュウエルはあんたのこと、認めてたし、気に入ってたと思うし。予感、というか……タケルさえいれば、ヒュウエルは帰って来る気がするの」
それは、僕のスキルを使って?
無茶苦茶な話だ、という思いと、でもありえなくはないという経験則が思考の矛盾を起こし、瞼が重くなって来る。エレンはその後、勝手なこと言ってごめんね。と言い、初めて僕に謝ってくれた気がした。
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