第62話 アオイが逃げたお

 そもそも、僕はまだまだこの世界の全貌を知らない。


 それは異世界サタナの神を名乗るグウェンの来訪と共に考え始めたことだけど。


 グウェンは僕とアオイによるスキルの連携技をいたく危険視しているようだった。


 その上で彼の神はどうしたのか? と言えば。


「へへ、お頭、あっしらが貴方に弟子入りするとして、具体的には何をやるんでっか?」

「私の下で修業をつけ、心身共に研鑽するといい」

「へっへっへ、さっすがは神の一柱、抜け目がありませんなぁ」


 下卑た心でグウェンに三文芝居を打ち、その内容を聞く限り。

 どうやら僕たちは王都を離れなきゃいけないらしい、それも半ば強制的にだ。


「私はちょっと忙しいから無理」

「駄目だ、特にアオイには徹底的に修行を受けて貰うぞ」

「お兄ちゃん、この人どうにかしてよ、いや、この神様を」


 グウェンは特にアオイに目をつけている様子だ。


「へへへ、アオイは我が家の花とくら、お頭に献上するのも、やぶさかじゃあないでっせ。そ・の・か・わ・り、と言っちゃなんですが、あっしのお願いを多少融通してもらってもよろしいでしょうか」


「タケル、もっと普通に喋って欲しい。言ってることのおおよそは理解出来るがな」


「……グウェンの修行に関してですが、時間を決めて頂けませんか? それと、出来るのならアンディは、王都で暮らさせてやってください。彼が犯した業は罪深いかもしれません、ですが、それでもアンディは平和を築き上げたヒーローの一人です」


 それに、アンディが今回時間を遡ったのは、祖母のマージャたちとの暮らしを守るためだ。それを神による修行だからといって、奪われていいものなのか? 僕からグウェンに頼み込むと、彼は顎に手をそえて考えていた。


「では、十年後にしよう。アンディだけ特別に、十年の延期を認める」

「ありがとう御座います!」

「……別に俺は、いますぐにだって構わないのに、屑様はいつも余計なことするな」


 おおん!? こちとら今の交渉だって命がけな節あったんだぞ!?

 礼は言われても、文句をつけられる覚えはないお。


「……ありがとう、屑様」


 ヨシ、それでいい。


 ◇ ◇ ◇


 グウェンはヒュウエルの酒場に向かう予定だったが、その日は僕の家に居座った。


 アオイがあの手この手で用意した新しい品々を前に、目を輝かせては言うのだ。


「やはりアオイは見込みがあるな、お前なら神の一柱に加わることも夢じゃないぞ」

「興味ありません、はぁ」


 僕たちの修行は、近日中に開始する見込みだ。

 僕は業務提携している各お店に、しばらく休業することを伝えて回った。


「タケル」

「お、ライザ、もしかして迎えに来てくれたのか」

「折り入って話しておきたいことがあるのだ」


 最後の一軒に挨拶し終えると、王都は夜を迎え始める。

 ライザは帰り道を行く僕を捕まえ、懐かしい場所に連れて来た。


「ライザ、今さらここでモブ狩りでもするつもりなのか?」

「いや、人目を避けようとしたら自然とここが浮かんだ」


 それは王都の近郊にある、狩猟の森の入り口。

 ライザは照明道具の魔法のランタンを持ち、ここで内緒の話をしたがっていた。


「折り入って話したいことって何かな?」

「実は、私とイヤップはリィダの遺言を叶えようと、秘密裏に王室に掛け合った」


 リィダの遺言……? たしか、遺灰は故郷の土に返してくれ、だったかな。


「しかし、魔王だったリィダの亡骸は、しかるべき処置を施すと言われ」

「渡してくれなかったのか……僕の方からも頼んでみようか?」

「出来れば頼む、だが、私としてはもう終わったことだ。リィダへの義理は果たしたと思っている」


 そっか、じゃあ期待しないで待っていてくれよ。

 そう言うと、ライザは破顔し、喜びをあらわにする。


「グウェンの修行には、イヤップも同行させる。またタケルと一緒の時間が持てて私は嬉しい」


 動物好きのグウェンじゃなくとも、胸がキュンキュンする光景だ。


「僕もだ、これからもよろしく」


 握手を求め、右手を差し出すと、ライザは素直に応じてくれた。


「グウェンが提示した修行期間はおよそ三年、それが過ぎれば一時のお別れだな」

「お互いに悔いが残らないようにしよう」


 異世界サタナに来て最高に良かったことの一つに、ライザとの出逢いが挙げられる。


 彼は僕に何でも打ち明けてくれるし、僕は彼にならどんな相談でもできる。


 グウェンはそんな僕たちをまだまだ未熟ってあおるけど。


 でも、僕はこの世界にやって来てからの成長を、彼との握手を通じて感じるのだ。


 その後、手ぶらじゃ何だからと言って、ライザと夜のハンティングをすることにした。魔王襲撃後の狩猟の森は、台風一過のように静寂としていて、森に敵対勢力は確認出来なかった、だから森に自生する山菜や果物といった自然の恵を頂戴してから帰る。


「遅かったな二人とも、アオイ曰く、修行が嫌で逃げ出したのではと言っておったぞ」

「アオイたちを置いて逃げるのはちょっと気が引けますから……所でグウェン」

「なんだタケル?」


 家に帰ると、アオイやエレン、ウルルと言った女性陣の姿がない。

 家にはグウェンが一人で留守番するように長椅子に腰掛けていた。


「他のみんなは?」

「アオイたちであれば、温泉施設とやらに行ったぞ、私はお風呂が苦手でな」

「奇遇だな、私もお風呂は苦手だ」


 僕は普通。神や超人的な勇者のライザにも、苦手なものがあったんだな。


「修行には明朝に出発するぞ、それまでに別れを済ませておくといい」

「大丈夫、僕は今日の昼にお別れの挨拶は済ませてあるので」

「律儀でいいことだ」


 そして僕たちは三人で朝を迎える。

 雌鶏のいななきと共に目が覚めると、隣にはウルルが居た。


 眠たい頭で街の井戸に生活水を汲みに向かい、帰ると。


「大変だタケル」

「何か遭った?」


 まだ寝ぐせを残した僕に、ライザは冷静な面持ちで言ったんだ。

 どうやらアオイはイヤップを連れて、修行から逃げたみたいだと。

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