第84話 心の傷、だお

 思えば、異世界サタナに勇者として召喚されて、僕は心のどこかで喜んでいた。それまで先の見えない鬱屈とした人生に気分が落ち込んでいたから、変化のきっかけを与えられたことに笑みを零した。


 しかし、勇者として召喚され、会得したスキルがなんの役にも立たないと誤解して、ひどく落ち込んだものだ。まさか僕以外にもこんな外れスキルを持っている奴がいたとは、人生って思いがけないことの連続なんだな。


 ユタは自分のスキルをひけらかすようにステータスウィンドウを見せると。


「でも、そんな必要もないか。タケルのスキルも俺と同じ代物だったな?」

「どうして、それを?」

「ゼクスから聞きかじった、この事実を知った時、俺は初めてヴィヴィアンを尊敬した」


 ヴィヴィアン?

 誰だ、と困惑しているとユタは得意げな表情で僕の肩を抱く。


「タケルになら、ゼクスと寝る権利を与えてやってもいいぞ。もっとも家の愚妹の身体に興味あればの話だが」


 その台詞を、実の兄から言われる心境を考えると、ひどい悲しみに襲われる。

 やはりユタは許しておけない手合いだ。


 僕は剣を取りだし、薙ぎ払うようにユタの正面に刃を立てた。


 が、剣は鈍い金切り音をあげるだけで、かすり傷の一つも負わせられない。


「その顔は、どうやら無駄だったらしいな」


 ユタは僕の顔をふかんして、今回の作戦が無駄だったと結論づけた。


 僕は剣をその場に放り、彼に抵抗することを止めた。


「嬉しいよタケル、ようやく私の話に耳を貸す気になったか」

「無駄な争いは好まないだけだ」


 するとイヤップが僕に駆け寄り、手を握ってくれた。


「死ぬ時は一緒です」

「……お願いがあるんだユタ、彼女だけでも見逃してくれないか?」


 嘆願すると、ユタは玉座に戻る。


「君たちの関係は夫婦、だったな」

「そうだ」


「なら離れ離れにするのは可愛そうだ、タケルも、その妻もしばらく牢獄にいてもらおう。数十年も経てば気が変わると思うしな」


 ……数十年って、あ、あのさ?


「僕はユタと違って普通の人間だから、数十年後にはおじいちゃんになるぞ」

「そうなのか?」


 ユタは冗談でもなく、本気で誤解しているようだった。

 彼は切れ者だと思っていたが、もしかしたら阿呆だった。


 その後、僕たちはゼクスに連れられて城の地下牢獄に向かう。

 黒い半透明の壁に覆われた一室に、ミレーヌがいた。


「お早う、タケル」

「ミレーヌ、よかった無事だった」

「ケヘランは?」

「……殺されたよ」


 その事実を伝えると、ミレーヌはしょんぼりとした顔になった。

 ミレーヌの牢屋まで来ると、ゼクスは歩みをとめる。


「さて、イヤップさんは彼女と同じ牢屋でいいかな?」

「構いません、がその前に一つだけ――貴方はなんのためにお兄さんの言いなりになってるの?」

「わからないな、ただ兄はかつて英雄だったし、兄は多くのエルフを救ったからね」


 たしか、ユタはこの大陸の神を滅ぼしたと言っていた。

 その時ユタはこの大陸のドラゴンの化身と一緒で……そうだ、ヴィヴィアン。

 この大陸のドラゴンの化身の名前がヴィヴィアンだったんだ。


 どおりで聞き覚えがあるようないような、中途半端な感じがしたんだ。


 ケヘランを弔った時、記憶を忘却させる花の煙を少し吸い込んでしまったのかな。


「他の仲間はどうなった?」


 ゼクスに他のメンバーの安否を確認すると、艶のいい唇を開く。


「ケイトであれば、旦那のカイゼルと雲隠れしたみたいだ。アオイさんやザハドさんの二人は空世界に落ちたようで、目下捜索中。ライザくんも空世界のどこかにいるみたいだけど、真相はわからないな」


 ……一応他のみんなにはDM送っておくか。


「ウルルは?」

「彼女だったら、ヴィヴィアンと対話してるみたい」


 ウルルはこの大陸の同朋と一緒にいるのか……恐らくだけど、安全な場所なんだろう。


 それよりも仲間の大半が空世界に迷い込んでしまったらしい。

 ライザと一緒に勇者の揺り籠を体験したけど、あれは一種の牢獄だからな。


 まさか僕のスキルでの連絡もできない場所だったとは思ってなかった。


「タケルの牢屋はここがいいかな?」


 と言い、ゼクスが案内したのは牢獄の最奥にあった一室だ。

 そこだけ他の牢屋と作りが違ってて、石畳の部屋となっている。


 ゼクスは僕をその牢屋に入れると、自らも牢屋に入った。


「一応施錠するとして」


 カチャリ。と、彼女は牢の内側から扉に施錠を掛ける。


「……僕に折り入って何か用だった?」

「いいや、ただ君の性欲処理をしようと思っただけで」

「冗談だろ?」

「冗談の方が嬉しかった? ならこうしよう」


 と言うと、彼女はえんじ色の上着を脱ぎ始める。

 こんな時に男女の営みを打診して来るなんて、ゼクスの内面は思った以上に支配されていると思えた。


「僕の求愛に応じてくれれば、役に立つ情報を教えてあげるよ」

「例えば?」


 問うと、ゼクスは艶やかな唇から桃色の吐息をだして。

 おもむろに僕の背中を両手で抱いていた。


「例えば、僕と兄さんの昔話。僕と兄さんが長きにわたって受けてきた心の傷について」


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