第2話 外れスキルを引いたお
――パン!!
騒然としていたその場に静寂をもたらしたのは、毅然とした老女の一拍だった。
「落ち着きなさい! 勇者様だとて人! それも年頃となれば手淫の一つぐらいいたします」
不意に、目の端に熱い液体が沸いてきた。
これは心の汗などではない。
羞恥の余り劣等感が剥き出しになり、我が身の不運を呪った涙だ。
「うぅ」
「平気ですか?」
「ここは、どこなんですか?」
「説明が遅れ申し訳御座いません、ここはサタナと呼ばれる世界」
サタナ? 聞いたことのない地名だ。
「……差し支えなければ、貴方の御名前を聞いても宜しいでしょうか」
白い修道着のようなローブを纏った老女から名前を尋ねられる。
「竹葉タケルです……」
「チクバタケル様で御座いますね? もし宜しければ、ズボンを着直して頂いてもいいでしょうか? ここは歴代の勇者を召喚、輩出して来た伝統ある聖堂で御座います故、余り羽目を外されると私どもとしても、貴方を処分するしかなくて」
はいはい、ちゃんと穿きなおしますよ!
他人を、召喚? しておいて、処分するってなんだお!? 何なんだお!?
「ちっちゃくなかった?」
「普通ぐらいじゃない? 知らんけど」
僕の逸物を遠目で確認した女性たちが、陰口を吐いている。
そのやゆはがっつりと僕の心臓にナイフを突き立てた。
グサ、どころじゃない、グッチャグチャだよ!
……でも、もしかしなくても僕、異世界転移に巻き込まれた?
巻き込まれたっていうか、選ばれた?
「確認してもいいですか、僕はこの世界、サタナに勇者として召喚されたんですか?」
「ええ、理解がお早くて助かります」
おっしゃ! なんか知らないけど夢に見た異世界転移!
異世界転生は一回死ぬ思いをする必要があるだけに、これは幸運だろう。
「もう一ついいですか」
僕は周囲を見渡し、確かに置かれている状況が普通じゃないことに気づく。
VRMMOなどで見かけるような神秘的な白い立派な支柱。
一部、やや塗装の剥離が起きているのが返ってリアリティにあふれる。
「これが夢じゃないって、証明出来そうですか?」
「ふふ、でしたら、ここに集った聖女たちを代表して、失礼致しますね」
老女は言うなり右手を慣れた様子で振り抜き――パン!! 渇いた音を上げさせた。
痛いお。
この痛さは……夢じゃないだろう。
「もう一つ質問いいですか」
「今回の勇者様は積極的で素晴らしいですね、なんでしょうか?」
異世界転移物で定番なのは、召喚者だけが持つ特殊技能。
ここが地球とは違う世界なのか確認する意味合いでも、聞いておきたい。
「僕だけが持つ、特殊な能力ってありますか?」
「……そうですね、早速それの鑑定に移らせて頂いても宜しいのですが」
老女は特に否定しなかった。
ここは両手を上げて喜ぶべきシーンなのだろうか。
それとも、後先考えて、集った女性たちの記憶に残るような態度を取るべきか?
どうする、どうすれば歴史に名を残すような偉人に見える?
「一先ず、異世界サタナの現状をお尋ねしたい」
逡巡した僕は、方々に角が立たないよう、世界情勢を聞いた。
先ほど見せてしまった失態を挽回するように動いた方が得策だろう。
「ええ、積もる話もありますでしょうし、チクバタケル様を――」
「あ、自分のことはタケルとお呼びください」
訂正するよう言うと、老女は優しく微笑み。
「タケル様、ですね? これからよろしくお願い致します」
「うっす、オナシャス」
召喚した僕と、握手を酌み交わし。
「院長様、その手は手淫をなされていた手では……」
老女は一人の聖女に突っ込まれ、握った手を軽く振り払っていた。
◇ ◇ ◇
「スキル――ステータスウィンドウ付与」
それが、異世界サタナに召喚された僕のスキルだと、人語を喋る亀は言う。
召喚場から連れられて十分後、期待に胸を躍らせていた僕は両手を地につけていた。
「どうなさいましたタケル様?」
老女や、僕を召喚した聖女一行はいまだその事実に気づいてないようだ。
僕が持ち前のくじ運の悪さで引き当てた、外れスキルの正体を。
「なんでも……ないっす」
「とりあえず、タケル様のお仲間候補を早速選ぶとしませんか?」
「ナカーマ?」
「ええ、貴方には勇者候補として、数々の武勲をこれから立てて頂きませんと」
そんな、どうやって。
なんでもこの世界ではRPGなどで見かける魔物や悪魔が人類と敵対しているらしく、人類は脅威に対抗すべく、異世界から勇者を召喚して、比類なき巨悪と戦っているらしい。
そんな説明を、この亀の下へ行くまでの間された。
しかし、僕が引き当てたスキルは――ステータスウィンドウ付与。
ゲームでよく見かける、プレイヤーの能力を把握するための表示機能でしかない。
こんなスキルでどうやって脅威と戦えと? 無理だお!
「あの、スキルって言うのはどうやって使えば?」
「あいにく、それを私の方でお答えすることは出来ません、私たちにも理解が行かない所でして。ですがタケル様はどうやらご自身のスキルの正体についてご存知な様子ですし……ステータスウィンドウ付与、でしたか」
とすると、脅威と戦う前に、色々と試行錯誤した方がいいみたいだ。
試しに僕は「ステータスウィンドウ付与」と、自分の額に指を当てて唱えてみた。
『プレイヤー名、竹葉タケルにステータスウィンドウが付与されました』
すると、思いのほか上手く行ってしまったようだ。
僕の目の前に半透明状のスクリーンが表示される。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
プレイヤー名:竹葉タケル
スキル:ステータスウィンドウ付与
レベル:1
能力値
HP :22
MP :11
STR:8
INT:12
SPD:8
LUK:6
……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「素晴らしい、勇者様たちは最初ご自身の力を引き出すのに苦労するのが通例なのですよ? なのにタケル様は生まれた時から知っていたかのように、早速スキルを使って見せてくださいました」
老女の賛辞とは裏腹に、酷い脂汗が噴き出す。
これ、ほんまもんや。
このスキル、本当に屑スキルだお!
「ちなみに、魔物とかって、例えばどんな感じなんでしょうか……」
「ご安心下さい、この王都周辺には魔物はほとんど存在しません」
僕は目の前に表示されたステータスが誰かに気取られる前に閉じた。
ステータスウィンドウを閉じる時は右上の×ボタンを押せばいい。
再度表示する時は、きっとステータスウィンドウと唱えることで出来るのかな。
「タケル様、貴方を待っている冒険者がいるみたいです。早速ですが今から向かいましょう」
「分かり申した」
頼む! あいにく僕のスキルは外れだったけど、せめてその冒険者は当りであってくれ!
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