第79話 空世界、だお

 僕たちが乗っている気球の後方から、空島が迫っていた。


 このままじゃぶつかる! と緊張感が高まったけど。


 気球を操作する乗組員のエルフは上手い具合に空島と速度を合わせ。

 気球は空島の下降にある空中桟橋に取りついた。


 しかし、空中の桟橋にはダークエルフの敵対勢力である白い肌のエルフが武装して待ち受けていた。僕は無防備なゼクスを身をていしてかばうようにすると、ゼクスは背中越しに声をかけた。


「平気だよタケル、このメンバーだと彼らも攻撃して来ないから」


 敵対しているはずなのに?


「僕の兄はね、彼らの長をやっているのさ。名をユタって言うんだ」

「……つまり、ゼクスは兄君と戦っているのか?」


 ライザが問うと、ゼクスは首肯する。


「骨肉争いとか、そういった内容じゃないから安心して」


 安心してって、何がだお。


 ま、まぁ、落ち着けタケル、僕たちはあくまで第三者であって、立場としては中立だからな、がはは。


「僕は直接兄のもとへ向かうけど、タケルたちは空島の世界を見学していくといい」


 だから僕とライザはゼクスと別れた。

 僕とライザの前には気球を操作していたエルフが付き添って。


「では参りましょう、あらかじめ伝えておきますが、今日見たことは他言無用でお願いします」


 了解だお。


 レンガ仕立ての空中桟橋から狭い階段を上ると、自分の身をある感覚が襲った。


「ライザ、今のって」

「ああ、アオイ殿が祭りの時に私たちを騙して誘ったあの大迷路に迷い込んだものだ」


 たしか、勇者の揺り籠? って言ってたな。

 僕たちはたぶん、アオイが作ったあのアーティファクトに取り込まれたようだ。


 視界に入って来たのは、空が高く、さきほどとは打って変わった春の陽気の光景で、僕たちは大きな都に居た。僕たちを案内しているエルフの彼は地図を買って渡してくれた。


「今回貴方達にお見せするのは空世界のほんの一部です、これは空世界の地図になるのですが、私たちが今いる場所はここになりますね」


 地図の尺から考えると、この世界は一つの惑星規模のようだ。


 街を行き交うエルフは革製品を身につけていて、王都の風景と大して変わらない。


「道に迷われますと大変探しにくくなります、私を見失わないようにお願いしますね」


 りょ、了解だお。


「……それとタケル様」

「なんでしょうか?」

「貴方の容姿を魔法によって今一時変えますね」


 え?

 それってザハドがしてみせたような、あれかってワオ!


 俺のイケメソな面構えがエルフみたいになっちまったぜ! がはは。


「大して変わってないように見えるが? タケルの何がいけなかったんだ」


 ライザが言うように、僕の容姿は耳がエルフ耳になっただけで、他は特に変わってない。


「気になるようでしたら、この後、ゼクス様に直接聞かれるのがよろしいかと」


 了解だお。

 それから僕たちは空世界と呼ばれたここの情報を知りえた。


 ここは僕の推察通り惑星規模の広大さを誇り。

 空世界の中でも国が百数十にわたってあって。

 この世界の人口は五十億にのぼるとされている。


 ……うむ、話が本当なら、ダークエルフ達に勝ち目はないですな。

 一方は五十億の人民に対し、ダークエルフの人口はせいぜい百万。


 勢力が違いすぎるぇ、うえに、この世界のほとんどの人がダークエルフとの戦争を知らないらしい。彼らは教育期間中にこの世界の生い立ちを学んでいるが、ほとんどが戦争とは無縁らしい。


 ◇ ◇ ◇


 一通りの説明と案内が終わると、水先案内人の彼は空島の中央に連れて行ってくれるという。来た道を戻り、空中桟橋に帰ったあと、再び気球に乗せられ空島から出航し、上空からさきほどまで居た勇者の揺り籠を一望できた。


 アオイが作ったものと違って、ドーム状の大きなミニチュア模型のような街が視界一面に映る。あの中には人口五十億を誇る一つの世界が埋蔵されているとなると、なんとなく、Gの巣を想起してしまう僕は腐っている。


「もう間もなく、ユタ様の居城に着きます、失礼のないようお願いします」


 もうじき、僕たちはゼクスの兄と面会するらしい。


 同じ兄であるもの同士、打ち解け合えるといいな。


 気球が空島の中央に建っている城の前に降り立つと、城内から女性の喘ぎ声が聞こえた。


 この声はもしかしなくても、ゼクスの物じゃないか?


 声に気づいた案内役のエルフは慌てた様子もなくて。


「失敬、どうやらお二方はお取込みの最中のようなので、こちらにてお待ち頂けますか」


 僕たちを別室で待機させようとしていた。


「いやあの、まさかゼクスは兄と肉体関係にあるんですか?」


「……タケル様、私から一つだけ重要なことをお伝えしますと、ゼクス殿を筆頭に地上の連中に取り立てた人権などありませんよ。連中は総じて無価値な虫けらです」


 その台詞を聞いた瞬間、隣にいたライザは肩を跳ねさせた。


 案内役のエルフ――カイゼルは僕たちの反応を冷めた目で見つめ、いなくなる。


「タケル、ここには長居しない方が良さそうだ」

「そうかも、僕もそう思うよ」

「でないと私は、ここの連中を真っ向から否定し、刃を交えることになりそうで怖い」


 同感だ、そこで僕から一つ提案。

 ゼクスや地上にいるダークエルフは、王都で引き取ろうじゃないか。


 そうすれば両者の争いはなくなるだろう。


 幸いなことに空世界の住人は外で起こっている戦争を把握してないようだし。


 数分後、城内にこだましていたゼクスの喘ぎ声は止み。


 案内役のカイゼルが別室で待機していた僕たちのもとへとやって来る。


「準備が終わりましたので、お二人をユタ様のもとへ案内いたします」


 あいあいお。

 中央階段を上り、ずんずかずんと足を進め。


 僕たちは風通しのいい城の玉座の間へと通された。

 藍色と白と石肌を基調とした城は西欧諸国にある洋城そのものだ。


「ようこそお出でくださった、タケル殿に狐面のライザ殿」


 部屋の奥手にある格式高そうな玉座には、噂の兄エルフ、ユタが座っている。

 彼の隣には胸元をはだけさせたゼクスがいた。


「どうやら兄との情事を聞かせてしまったみたいで、悪かったね」

「愛の形は人それぞれですお」


 と謳うと、兄エルフのユタは笑った。

 ゼクスと同じ白髪と碧色の瞳で、対照的なのは白い肌と丈の長い髪と性別だった。


「タケル殿は話がわかる御仁のようだ、君にも妹がいるのかな」

「いるにはいますが、ごく潰しですよ」


 そう言うと、ユタは再び笑った。


「こんなに笑ったのは数十年ぶりだ、タケル殿とは良き友達になれると思う」

「そうですか? ははは、それはよかった」


 彼の言葉に愛想笑いをこぼすと、ユタは陽気な表情から一転して冷酷な顔を取り。


「であるならば、早速君たちを試すとしよう。カイゼル、あれをここに持ってこい」


 た、試す? 僕は今まで貴方の妹さんからある種、試されていた最中ですが。

 これ以上、何を試されると言う……。


 その時、ユタに命令された案内人のカイゼルが持ってきたものを見て、僕は吐き気をもよおした。


「まさか、ケヘランっ!」


 ライザは四肢をもがれたアント種のモンスターに駆け寄る。

 僕はグウェン達の修行もあって、モンスターを見分けるようになれた。


 その僕の目が、目の前にいるモンスターをケヘランだと告げている。


「……たけ、る」


 四肢をもがれ、青色の血を流した彼女は、虫の息で僕の名を呼んだ。


「たけ、る……」

「ケヘラン!! 今回復薬を使うから、持ちこたえてく」


 ステータスウィンドウを開き、回復薬を取り出そうとすると、ライザが止めた。


「ケヘランはアント種だ、人間の回復薬は逆効果になる」

「じゃあどうすればいい」

「その昔、ケヘランの命を救った御仁がいたはずだ、薬草師のケイトのもとへ連れて行こう」


 ライザと慌てふためていると、僕たちの背後から――ッ、白い閃光が走った。閃光は虫の息だったケヘランの頭部をうがつよう当たり、ケヘランの体をさらに吹き飛ばす。


 カラカラ、とケヘランが転がる音が城内に響き、胸にぽっかり穴が開いてしまったかのようだ。


「……まさか、これはユタ殿がやったことなのか? 彼女はケヘランと言い、私たちの姉弟子だった」


 吹き飛ばされ、頭部を失ったケヘランの遺体に目が釘付けになっていた時。

 ライザは背後の玉座に振り返って、ゼクスの兄、ユタを睨んでいた。


「そやつは虫けらだ、君たちの同朋の振りをしていた、浅ましいモンスターだよ」

「もういい、貴方と交わす言葉などないと私は悟った」


 そう言うとライザは腰元に携えていた剣を抜き、ユタに構える。


「……手を放せタケル」


 ケヘランを殺められ、怒りに震えるライザ。

 僕はそんな彼の裾を掴み、自制をうながし、涙した。


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