第137話 ※芽衣視点
***芽衣視点***
同日同刻、高遠のマンションの前に立ち尽くす一つの人影があった。
彼女の名は清瀬芽衣。由衣の実の妹である。
高遠の部屋の窓にカーテンがかかっており、明かりがついている気配もないことを見てとって、芽衣は沈痛な溜息をつく。
――高遠さん。
スマホを握り締めながら連絡を待ってみても、一向にLINEも電話も来ない。
当たり前だ。彼は今、姉を追いかけるのに夢中なのだから。
どんな男の子も一緒、いつも姉に魅了され、姉の姿しか見えなくなる。
かといって、こちらから連絡するだけの勇気もない。
「……根性なし」
自分を蔑み、うじうじとした気持ちでその場を立ち去りがたく、芽衣はマンションの前をうろついていた。
そこへ黒のセダンが道の脇に音もなく停車し、窓ガラスが動いて中から男が顔を出す。
どこか憂いを帯びた雰囲気を持つその男は、口許にかすかな笑みを浮かべ、そっと芽衣に近づいた。
「こんばんは」
背後から突然声をかけられて、芽衣は飛び上がった。
振り向くと、そこにいたのは全く見覚えのない男性だった。
長身に浅黒い肌、整ってはいるが寂しげな顔立ち、優しげで繊細な目許をしている。
「驚かせてすみません。僕は
微笑みながら名刺を差し出され、受け取ると肩書には『歯科医師』とあった。
状況が飲み込めず、さらに当惑する芽衣に、
「実は、こちらのマンションの住人の方に会いに来たんですが、留守のようで。恐れ入りますが、あなたはこちらの?」
「いえ、私もここの住人じゃありません」
芽衣は言って、そそくさと立ち去ろうとした。ばつが悪い思いでいっぱいだった。
「そうですか」
残念そうに暁は眉を寄せる。
「それじゃ仕方ない。小村君に会いたかったんですが」
その単語に芽衣は思わず「えっ」と反応した。
「高遠さんを知ってるんですか?」
目を丸くして尋ねると、暁は白い歯を見せて笑った。
「はい。とてもよく知っています」
――この人が、高遠さんの知り合い?
不思議に思って凝視すると、暁は憶した様子もなく芽衣を見つめ返してくる。
その瞳があまりにも深い色をしているものだから、芽衣はやけにどぎまぎした。
「立ち話も何ですから、どこかで食事でもしませんか」
さらりと言って、彼は黒のセダンを指し示した。
「よかったら乗ってください」
生まれてこの方、こんな高級車に乗ったこともなければ乗る想像をしたこともない。
芽衣は慌てて両手を振り、
「いいです、いいです」
固辞すると、暁は捨てられた犬のようにしゅんとした。
打ちしおれた様子があまりにも可哀想だったので、芽衣は胸が痛んで思わず言った。
「すぐそこに、おいしい定食屋さんがあるんです。ここからなら歩いて行けるし、そこだったら」
すると、彼は嬉しそうに唇を緩めた。
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