第104話

黒服連中が薔子の居場所を捜しているのは分かっている。


それを教えれば、彼らは店に来ることはやめるのかもしれない。


もう少し前の時点でなら、高遠は喜んでそうしただろう。


自分の身と仕事を守るために。


しかし今の高遠に、そうするつもりはなかった。


沈黙を守っている高遠に焦れて、三船が声を上げた。


「どうなの。黙ってないでちゃんと説明して」


「三船さん。……すみません」


高遠は声を絞り出し、再び直角に頭を下げた。三船の顔色が変わる。


「説明はないということかな」


マネージャーに尋ねられ、高遠は頷いた。


「勝手なことを言って恐縮ですが、本日付で退職させてください。ご迷惑をおかけして、大変申しわけありませんでした」


「分かった。では、そのように手続してもらって」


マネージャーは店長に指示を出し、店長は「はい」と頷いて三船に目配せした。


「君には気の毒なことをしたと思っているよ」


高遠が部屋を出ていく間際、マネージャーは言った。


「けれども分かってほしい。この業界で生き残っていくというのが、どれほど難しいことか。我々の競争相手はごまんといる。彼らは私たちの足を引っ張るどのような機会も逃さない。そして負けた連中は、勝った連中が落ちてくるのを手ぐすね引いて待っている。生き残るためには、どのような不祥事もあってはならないんだ」


「承知しています」


高遠はそう返すと、店長室から出ていく。


その後ろに三船が続き、廊下を曲がったところで口を開いた。


「どうして何も言わなかったの」


振り向いた高遠は、自分より背の低い彼女の洗練された化粧の施された顔を見た。


しみや皺のない若々しい顔は、三十代半ばを過ぎているとはとても見えない。


だがその目尻に刻まれた懸念と苦悩が、彼女の容色をくすませていた。


「三船さん、いろいろご迷惑をおかけして申しわけありませんでした。今まで、本当にありがとうございました」


謝りながらも、高遠は小さく微笑んでいた。


その様子を見て、三船は傷ついた目を伏せた。


「そう。……それが答えなのね」


感情の失われた平坦なトーンの声が、高遠の胸を突き刺す。


もっと一緒に働きたかった。


辛いことも、うんざりだと思うことも度々あったけど、自分はこの職場が好きだった。一緒に働く人たちをかけがえなく思っていた。


けれども高遠がそれを言わなかったのは、誰よりもよく分かっていたからだ。


それを口にするだけの資格は、自分にはないと。












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