第105話

退職手続をすませて家に帰ると、部屋の前に人影があった。


「高遠さん」


玄関ドアの前で三角座りをしていた芽衣は、高遠の姿を見るなり弾かれたように立ち上がった。


「芽衣ちゃん。どうしたの、こんなところで」


とにかく部屋へ上げようとした高遠の服の裾を掴んで、芽衣は強い語調で、


「お姉ちゃん、ここに住んでたんですか」


高遠はぎょっとした。


どうして芽衣がそれを知ってるのかという驚きと、薔子は今ごろ寝ているだろうかという思いが交互に押し寄せてくる。


高遠が何も言えずにいると、


「どうして隠してたんですか」


服を掴んだまま、芽衣は高遠に詰め寄った。


「隠してたわけじゃないよ。とにかく、ここじゃ何だから上がって」


ドアの鍵を回した高遠の背中に、芽衣はがむしゃらに抱きついてきた。


「いや、駄目!お姉ちゃんになんか渡さない」


駄々をこねる子供のように、首を左右に振っている。


胴に腕を回されて体をぴったり押しつけられているので、高遠は身動きがとれないままドアの前に立ち尽くしていた。


「芽衣ちゃん」


とにかく離してもらおうとするのだが、身じろぎすると芽衣は余計に強くしがみついてくる。


「お姉ちゃんはお父さんを殺したんです。同級生だった男の子に、殺せって頼んで。お父さんが、その子とつき合うことを許してくれなかったから、そんな理由で!」


低く呪うような声が言った。


「人を利用して、都合が悪くなると捨てて、そうやってずっと今まで生きてきたんです。私のことだって簡単に捨てました。たった一人の家族だったのに。お姉ちゃんのこと信じてたのに」


芽衣の体が熱い。


頬も腕も、高遠の体に触れている部分はことごとく激しい熱を帯びていた。

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