第140話 

ようやく追いついた高遠は、はしゃいだ様子で球体と戯れている由衣を、彼女が満足するまで見守った。


「ほら」


受付でもらったパンフレットを手渡すと、館内図や催し物が分かりやすく載っている。


由衣は目を通すと、


「あ、ここ行きたい!」


と言って、高遠のシャツの袖をぐいぐい引っ張った。


「引っ張んなって。服破れるだろ」


口では不平を鳴らしつつも、まんざらでない表情で高遠は付き添う。


由衣が行きたがったのは水族館の中でも一、二を争う大きな水槽で、そこには主に深海魚が展示されていた。


『花の万華鏡』と題するその催しは、水槽にプロジェクターで万華鏡を投影し、魚たちの動きに合わせてそれが千変万化するというものであった。


予想どおり水槽の前には人だかりができていたが、巨大な水槽であるため、後ろのほうからでも十分に楽しむことができた。


「綺麗……」


溜息とともに由衣は呟き、その場に立ち尽くした。


確かに壮観だった。


暗がりの中で水槽はさながら映画のスクリーンと化し、そこに上映された万華鏡は実在の花をモチーフにした架空の花と、雪の結晶にも似た複雑な紋様や、色とりどりの宝石のようなきらめきを次々と映し出している。


それが水槽の魚たちの動きに合わせて散り、あるいは揺らめき、色を変えながら無限の表情を見せる。


蒼い雪、幾億の薔薇、星屑の交響曲、舞い散る虹の欠片。


この世を離れた幻想的な風景が目の前に繰り広げられていく。


しかも、それが魚たちの美しさや動きをいっそう引き立てている。


微動だにせずまばたきもしないまま、由衣は水槽の前にじっと佇んでいた。


閉館を報せるアナウンスも耳に入っていないようだった。


「宇宙みたいだね」


高遠が近づくと、由衣は微笑んだ。


「本当、宇宙みたい」


光と花と星と魚と、綺麗なものだけに彩られたのが宇宙だなんて、およそ由衣らしくない言葉だった。


それと同時に、彼女の宇宙を見てみたいと高遠は思った。

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