第139話 ※薔子視点

「ねえ高遠」


「ん?」


「何で今日はそんなに優しいの?変なものでも食べた?」


「食ったのは、さっきお前が食ったシーフードのぺペロンチーノと、マルゲリータだよ。あと食後のティラミス」


ずかずかと肩をそびやかして歩きつつも、歩調は由衣が小走りになるほど速くはない。


レストランに行く前に着替えた由衣は、苺柄のワンピースにハイヒール、乱れてぼさぼさだった髪も整えて、ほぼすっぴんだった顔にアイメイクと口紅は施したという程度だった。


本当はシャワーも浴びたかったのだが、高遠が急かしてきたのでやむを得ず断念したのだ。


初デートになるのなら、もっと気合を入れておけばよかったと、ちょっぴり後悔していた。


「いらっしゃいませ」


チケット売り場の女性に「大人二人」と言って購入しながら、「まだ開いてますか?」と高遠が尋ねる。


「はい。本日は午後十時までの開館となっております。ごゆっくりお楽しみください」


「急がなきゃ。行こ、高遠!」


それを聞いた由衣は、チケットを受け取るなり駆け出した。


「ちょ、待てよ」


キムタクばりの台詞で、慌てて高遠が後を追う。


夜の水族館は、昼間と違って館内はほの暗く、心地よい静寂に満たされている。


それなりに客は多く、若いカップルが多数を占めた。


「見て見て~」


由衣は壁に設置された白い風船のような無数の球体の前に立って、高遠に手を振った。


球体は内部からぼんやりと発光しており、白から赤、青、緑、黄色、紫と色を変え、手でさわると不思議な音を立てる。


水がコップに落ちるような、あるいは氷柱をたたいたときのような澄みきった音色だ。


色が変わると音も変わり、光の反映が壁面や天井に反映して、海底の音楽会といった趣がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る