第138話 ※薔子視点

***薔子視点***


手ごろなイタリアンレストランで夕食をすませると、高遠は由衣を店の前で待たせておいて、レンタカーを回してきた。


「運転できるんだー、大丈夫?」


「酒飲んでないから平気だろ」


「そうじゃなくてー、ドライビングスキル」


からかい気味に由衣が言いながら、助手席に乗り込んだ。


その頭を小突いて、


「文句言いながら乗ってんじゃねえよ」


「安全運転でお願いしまーす」


と、けろっとした顔で由衣はシートベルトを締める。


高遠は座席の位置とメーター、ブレーキペダルなどを確認すると、危なげなく車を発進させた。


夜の町は黒い海のよう、ネオンの光と信号とすれ違う車のヘッドライトが、滲みながら流れていく。


「どこ行くの?」


ナビもつけずに運転する高遠に尋ねると、返事のかわりにFMラジオをつけられた。


流行りの歌手が奏でる、甘く切ない恋のメロディが流れ出す。


陳腐な歌詞に、予定調和な音調とサビ。


退屈であくびが出そうな、幸福そのもののドライブ。


不思議な感覚だった。


今まで多くの男と関係を持ち、利用したり利用されたりしてきたが、こんなふうにデートらしきものをしたことは一度もない。


今さらながらそう気づいて、薔子は苦笑する。


走ること一時間半、高遠は江ノ島にある水族館『アクアパレス』の駐車場で車をとめた。


「お前、来たがってたろ。前に言ってた」


「でも、もう九時だよ?閉まってるんじゃない?」


心配そうに薔子が言うと、高遠は笑って頭に手を置いた。


「大丈夫だって。ほら」


車をおりて手を差し出すので、促されるままに手をとる。


「段差あるから気をつけろよ」


優しい声も気遣う眼差しも、何だか愛に溢れていて戸惑うばかりだった。


全然いつもの高遠じゃない。まるで別人のようだ。

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