第152話
「いいんじゃない?」
高遠はあえて明るい声で言った。
「それぐらいは、神様も大目に見てくれるだろ」
由衣の顔が歪み、目から涙が溢れ出した。
「高遠……」
シャツをつかんですがりつかれ、高遠は由衣を強く抱きしめた。
「これからは、二人で一緒に芽衣ちゃんのことを支えよう」
背中に腕を回して支えながら、高遠は声を殺して泣く由衣にゆっくりと告げる。
「俺はまだ、お前のことを何も知らない。でも、これから一つずつ知っていきたいと思う。もし、お前も同じ気持ちでいてくれるなら」
そこで言葉が途切れたので、由衣は顔を上げた。
涙に濡れて光る頬と、見上げてくる大きな瞳、不安げに震える唇。
自信など欠片もなく、まるで迷子のように心細げな面持ちが、今まで見た中で一番綺麗だった。
「結婚しよう、由衣」
彼女の目を見て、高遠は改めて言った。
由衣は涙を拭い、何度も「ありがとう」と言った。
「本当に嬉しい。今まで生きてきてよかったって、このために生きてきたんだって思うくらい」
でも、とつけ加えて、力なくうなだれる。
「ごめんね、高遠。私……できそうもない」
高遠は驚くでもなく怒るでもなく、穏やかに由衣を見守っている。
「私、高遠に幸せにしてもらった。もう十分なぐらい。でも、私は高遠を幸せにしてあげられない。一緒にいても、嫌なことやひどいことに巻き込んでしまうだけ。何もあげられるものがないの。だから」
「いいよ」
高遠は静かに、だがはっきりと言った。
「いいよ。……何も要らない。何も」
「でも」
と言いかけた由衣の額を指で弾き、にかっと歯を見せて笑う。
「あげられるものは全部、芽衣ちゃんにあげるんだろ?」
由衣は息を飲んだ。
まばたきを繰り返すことしかできない彼女に、高遠は告げる。
「お前の気持ちは分かってるから」
そして由衣の手をとって、薬指にキスをする。指輪の代わりに。
「それでいいよ。お前の幸せ全部、芽衣ちゃんにあげな。その代わり、俺が自分の幸せ、お前に分けてやるから」
全部はやらんけどなと笑う彼に、由衣は誓いのキスを返した。
そして言った。
「ありがとう……」
こうして式も挙げず入籍もせずに、道端で二人は結婚した。
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