第160話 ※薔子視点
思わず立ち上がって廊下を見回すが、それらしき人影は見当たらない。
備えつけの簡易ソファーに腰をおろすと、ほぼ同時に次のメールがやってきた。
『どうしたらいいのか、お前は分かってるはずだよ』
由衣はおぞましいものでも見たかのようにスマホから目を逸らすと、すぐに電源を切った。
奥歯を痛いほど食いしばっているのに、かたかたと歯が鳴る。震えが止まらない。
頭の中にあの男の声が響くだけで、恐怖が全身を縛りつける。
由衣は自分の手の甲を思いきりつねって、痛みで自己の意識を無理やり引きはがそうとした。
そのとき看護師が出てきて、高遠の処置が済んだことを知らせてくれた。
「鎮静剤が効いて、今はよく眠っておられます。一時間ほどで目を覚まされると思います」
医師は事務的に高遠の怪我の状態と、施した処置と、入院の期間や費用や準備するものについて話した。
それから警察官がやってきて、高遠を撥ねた車のことについて一通り話を聞くと、病室を出ていった。
病室は四人部屋だったが、入っていた患者はもう一人だけで、その老婆は化石のようによく眠っていた。
由衣は高遠のベッドの脇に座り、放心状態のまま動かなかった。
「薔子さん」
何度か声をかけられていたのに気づかず、肩に手を置かれてようやく我に返ると、前田一臣が立っていた。
全力で走ってきたのだろう、呼吸するたびに肩が弾んでいる。
「連絡ありがとう」
そう言われて、由衣は高遠のスマホから無我夢中で一臣に電話をかけていたことを思い出した。
留守番電話に支離滅裂なメッセージを吹き込んだことも。
「あんなぐちゃぐちゃな話で、よく来れましたね」
「一応、病院名だけは聞き取れたから」
快活に笑って、一臣はベッドに横たわる高遠に目を落とした。
「こいつの怪我は?」
まごつきながらも、由衣は懸命に説明した。
「車に撥ねられたの。肩から落ちたみたいで、左肩を骨折してる。あと鎖骨にひび。それに顔と腕に擦過傷、全身打撲」
「撥ねられて、それだけですむんなら上出来だな」
明るく一臣は
「こいつ、悪運だけはいいから」
由衣は笑おうとしたが、どうしても笑うことができなかった。
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