第161話 ※薔子視点
しばらく沈黙が続き、大きな窓から西日が差し込んできて、由衣の横顔を黄金色に縁取った。
「それで、どれぐらい入院になるの」
「一週間」
由衣は言った。
「怪我自体は全治四週間だって。腕や指は骨折してないけど、しばらくは左腕を動かせないから、仕事にも支障が出るだろうって。治ったとしても、リハビリが必要になるって……」
「高遠なら大丈夫だよ」
安心させるように一臣は言った。
「そんなことより、腹すいてねえ?飯でも食おうよ」
由衣は今度こそ笑うことができた。ただし、苦笑だったが。
「気を遣ってくれてありがとう。でも……高遠が目を覚ますまで、ここにいたいから」
「やっぱ優しいな、あんた」
一臣は目を細めた。
「ううん、違う。その逆」
暗い目で由衣は呟く。
「私のせいなの。高遠が撥ねられたの」
驚くかと思ったが、一臣はあまり表情を変えなかった。
落ちついた口ぶりで、
「あんたが高遠の前から姿を消したとき、こういうことになるんじゃないかって予想はしてたよ」
「ごめんなさい」
由衣は言って、頭を下げた。
その両頬をつかみ、顔を上げさせて、一臣は一言ずつ明確に言った。
「あいつは自分で決めて自分で選んだんだ。あんたと一緒にいるって。だから、あんたが謝る必要はどこにもない」
それについては、由衣は何も答えなかった。
そのとき高遠がうめき声を上げて目を覚ましたので、二人の会話は中断され、一臣は片手を上げて言った。
「よう」
高遠はまだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりした目で、
「一臣……?」
「そうだよ。お前の最も尊敬すべき男、前田一臣」
胸を張って一臣は言った。
「車に撥ねられたんだって?だっせー」
だが、高遠は軽口に乗ってこなかった。
その目は病室を忙しく飛び交い、
「……母さんは?」
二人は同時に息を呑んで凍りついた。
「母さんも一緒に撥ねられたはずなんだ。早く母さんを助けなくちゃ、俺」
今や高遠の目は由衣を素通りし、その先にある母の姿を全身全霊で追い求めている。
起き上がろうとするのを押しとどめ、一臣は冷静にベッド脇のナースコールを押した。
「すみません。怪我人が目を覚ましたんですが、少し様子がおかしくて」
慌ただしい足音がして、医師と看護師が駆けつける。
「離せ、俺は母さんのところへ行かなきゃならないんだよ!!」
耳に痛い叫び声を聞きながら、由衣は一臣に肩を押されて病室を出ることしかできなかった。
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