第159話 ※薔子視点

***薔子視点***


病院の廊下で処置が終わるのを待ちながら、由衣は自分のためだけに用意された闇を睨み据えていた。


あの後、パニック状態になっている自分の代わりに、通行人の女性が119番通報してくれたおかげで、高遠は総合病院に救急搬送された。


出血していたが輸血の必要はなく、命に別条もないということで、病院につくころには意識も回復しかけていた。


それでも、由衣は生きた心地がしなかった。


路上で流された血と走り去る車を見た瞬間、頭が真っ白になった。


救急車が来るまでの五分間が永遠に思えた。


ただただ祈ることしかできない自分が無力で、途方もなく嫌だった。


『高遠は関係ない。あんたが欲しいのは、この私でしょう』


メールを送信すると、間髪入れずに返信が戻ってくる。


『かわいそうにね。ただ、彼は運がよかった。何といっても生きてるんだから。でも次はどうなるか分からないよ』


返事を打っている間に、次のメールが来た。


『幸乃さんや靖君みたいに』


添付された写真を見て血の気が引いた。


それはつい先日まで由衣が『薔子』として勤務していた、クラブ『幸』の全焼した姿だった。


由衣は即座に幸乃の携帯にかけてみたが、応答はない。


黒服のヤスこと、やすしの携帯については解約されているようだった。


恐怖に縛り上げられた目が、インターネットニュースの文字を追う。


数日前に起こった放火事件について、警察は犯人逮捕ができないまま現在に至っていた。


『ママたちに何をしたの』


メールを送ってみたが、当然のことながら返事はない。


『高遠にも、芽衣にも、二度と手を出さないで。私たちの前から消えて。永遠に』


要求が通ることはないと半ば諦めながらも、由衣は必死の抵抗を続けた。


『もう私に関わらないで。放っといて』


『それは無理だよ、由衣。分かってるだろう?』


その文面を見た途端、耳元で囁かれているような感覚がして吐き気がした。


何となくだが、由衣は桐生暁がすぐそばにいる気がしてならなかった。


彼はこちらを見ている。こちらから彼は見えない。


だから、思うままに彼はこちらを観察して残酷に笑い、右往左往する自分を見て楽しんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る