第158話

あまりに澄んだ瞳に狂気を感じて、高遠は安藤比呂に会ったときのことを思い出していた。


あのときもそう、比呂の目は穏やかに落ちついていた。


神にも似た、絶対的な何かを信じる者の瞳だった。


比呂にとって由衣がそうだったように、由衣にとっては芽衣が、ありったけの理想をつぎ込んだ偶像なのだとしたら。


「芽衣は何も悪いことをしてないもん。悪いのは私だけ。確かにちょっと誤解してるとこはあるけど、でも私があの子に『もう関わらないで』って言ったのは本当だから。あの子から幸せ奪ったのも、傷つけたのも全部私」


由衣の口元に笑みが浮かんでいるのを見て、高遠はぞっとした。


「何で笑ってるんだよ」


問いかけると、由衣は今さらそれに気づいたようだった。


「嬉しいの。芽衣のこと話せる人がいて。今までずっと、誰にも芽衣のことは話せなかった。私の大切な宝物だから」


「……宝物ね」


後ろからやってくる車の気配に気づき、高遠は由衣を促して道の端に移動した。


いつの間にか二人は住宅街を抜け、狭い道から大通りに向かって歩き出していた。


「なあ、由衣。お前の気持ちはよく分かるよ。でも、本当に芽衣ちゃんのことを思うなら」


その瞬間、ドンと激しく背中を突かれた感覚があって、高遠は前のめりの姿勢で頭から前方へ吹っ飛んだ。


由衣が悲鳴を上げる間もなく、アスファルトに激しく全身をたたきつけられる。


耳元でブレーキなのかクラクションなのか、けたたましい音が炸裂した。


あまりのうるささに高遠は顔をしかめる。


目の前が暗くぼやけて何も見えず、顔や腕や腹からぬるい血が出ている感触があった。


手足が異様に重く、頭を打ったらしく、平衡感覚が失われている。


うつぶせの状態で横たわっているということは分かったが、起き上がることができなかった。


足音が近づいてきて、誰かの指が肩に触れて強くつかんだ。


由衣が何かを言っている。必死で叫んでいる。


でも不思議なことに、その言葉が何一つ聞き取れない。


多分、車に撥ねられたんだなということはおぼろげながら理解できたが、自分の状態や怪我よりも由衣の狼狽ろうばいぶりが気になった。


――大丈夫だから。


そう口にしようとしたが言葉にならず、高遠は意識を失った。






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る