第157話

とぼとぼと肩を落として歩く帰り道、高遠は由衣の手をとった。


「警察に行こう」


由衣がぱっと顔を上げ、高遠の横顔を凝視する。


「行けない」


強張った唇から、ようやく言葉を吐いたのは数秒後だった。


「桐生って奴にされたこと、警察に言って、逮捕してもらうんだ。そうすれば芽衣ちゃんを守れる」


「できないよ」


由衣は激しく頭を振った。


高遠はなだめるように、


「俺がついてる」


「そういう問題じゃない」


「じゃ、どういう問題?」


「だって証拠がない。訴えたって、どうにでも言い逃れられる。それに」


由衣は唇を噛みしめた。


何かを堪えるように目を閉じて、ゆるゆると息をつく。


それから、ようやく観念した顔で言った。


「警察に行ったら、捕まるのは私のほう」


諦めと哀しみがないまぜになった瞳で笑う。


「いっぱい悪いことしてきたもん。被害届でも出したら最後、あの人は私を破滅させるために何でもやるよ。刑務所にぶち込まれるのは私のほう」


「だったら償えばいい」


高遠は強い語調で言った。


「いくらでも待つよ。今までのこと、全部償って、それから戻ってくればいい。あいつも、刑務所までは追いかけてこれないだろ」


「分かってないなー、高遠」


まるで小さな子どもを見るような、愛おしさとほんの少し憐れみの混じった目で、彼女は高遠を見た。


「そんなことしたら、芽衣に会えなくなるもん。それだけは私、絶対無理だから」


この上なく明確に、はっきりと由衣は言い切った。


「わがままだって思われてもいいよ。卑怯者って言われても仕方ない。でも、芽衣のそばを離れることだけは嫌。耐えられない」


「あんなにひどいこと言われたのに?」


思わず高遠が口を入れると、


「ひどいこと?ひどいことって何が?」


純粋な瞳で由衣は問い返した。

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