第122話 ※薔子視点

どんなに辛いことがあっても、未来に一つでも希望があれば、人は生きていける。


でも、その希望がまやかしで、泡のように消えてなくなってしまうことを由衣は知らなかった。


ある日の夜、珍しく母が父に食ってかかるのを見た。


「ここに置いておいた缶の中のお金、あなた勝手に持っていったの?」


「知らねえよ」


「あれはね、あのお金は、由衣の高校のための進学費用だったのよ!」


「だから知らねっつってんだろ!」


鈍い音が響き、母の体が床に倒れた。


由衣は襖を開け放って、父親の前に立ちはだかった。


「何だよその目は」


母と二十歳でできちゃった結婚をした父は、そのころまだ三十四歳だった。


若く体力もあり、精気のみなぎった目をしている。


だが、その力を正しい方向に使ったことは一度もなかった。


「あんたなんか死ねばいいんだ」


殴られて口の端から血を流しながら、由衣は父親を呪う言葉を吐いた。


――高校に行けるはずだったのに。


――お母さんが、私のために用意してくれたお金だったのに。


涙が口の中を塩辛くする。


今までずっと、先の見えない暗闇の中で耐えてきた。


一人きりで、誰にも何も言えずに。


その自分が、たった一つの願いを、こんな形で踏みにじられなければならないのか。


「いいよ。殺せば?」


両手を広げて父親の前に立つ。


もうどうなってもいい、破れかぶれだという気持ちがあった。


高校に行く望みが断たれた今、こんな人生に何の未練もない。


だが驚いたことに、父は無言で家を出ていった。


母と由衣は無言で目を見交わせた。不安に満ちた視線だった。


そのまま一ヶ月ほど、父は姿を見せなかった。

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